会長挨拶

Beyond Deep Learning : 脳の計算アーキテクチャに基づく人工知能にむけて

 

会長 大森 隆司

(玉川大学 教授)


 日本神経回路学会は1989年に創立され,その時代から脳の知的機能を強く意識したニューラルネットや脳神経系の計算論的モデル化に取り組んできました.1989年の創立イベントでは,ニューラルネット理論の先駆者である甘利俊一先生や,Deep Learningの30年近く前にその原型となる視覚認識のニューラルネットであるネオコグニトロンを開発された福島邦彦先生など,世界のニューラルネット研究を牽引する研究者が居並ぶ中,私は下っ端で参加させていただきました.

 時代はまだ1980年代の第二次ニューラルネットブームの熱気が続いており,バックプロパゲーションから派生した学習理論や,脳をヒントにした知能システムの議論が盛んになされていました.その時代,脳の計算論的な理解とニューラルネット技術の発展こそが,未来の人工知能の基礎となるのだという単純な信念がありました.

 それから28年が経ち,神経回路を取り巻く環境は,ダイナミックに変わってきました.80年代の第二次ブームは90年代のインターネットブームに替わり,「知能」に関わる工学的な研究は次第に少なくなって冬の時代に突入しました.ところが米国では地道な研究が続いており,さらに同時進行で世の中のIT化,計算機能力の増加が進んでおり,2000年台半ばのDeep Learningの技術の確立はそれらの結果として機械学習とビッグデータの統合による人工知能への期待を引き起こしました.特に,GoogleやAmazonなどの巨大情報企業がそれ自身で研究者を集めて新しい応用を生み出し,その成功を見た他社が追従したことで世界的な人工知能ブームが起きました.

 このような時代の流れに対して神経回路のコミュニティは,残念ながらついていけていません.確かにDeep Learningは神経回路の学習であり,福島先生のネオコグニトロンは誇るべきその原型です.しかし今回のブームの初期段階には,神経回路の研究者はDeep Learningを研究の対象とはしませんでした.Deep Learningは従来から知られていた神経回路の運用法の改善であり,研究者の目からはその動作に研究の余地が少ないと感じられました.そのため神経回路系のコミュニティはそれまでの研究を続け,結果として今回の人工知能の新しい展開に出遅れました.逆に,自身の応用向けのツールとしてDeep Learning技術を使い始めた新規参入の人々は,ニーズに迫られそのメカニズムの改良や利用法に新たな展開を見つけ出しました.ここには,神経回路の研究者が反省すべき点が多いように思います.

 では,これからどうなる/どうするべきなのでしょうか.歴史的には,日本の神経回路のコミュニティは,脳の計算論的理解の科学と工学的知能研究の複合領域として生まれました.その主要な研究分野は二つあります.一つは,脳の計算論的モデル化を行う計算論的神経科学の分野です.もう一つが,脳の知見に基づき知的機能の工学的な実現を目指す知能モデルの分野です.前者は神経科学の一分野でもあり,脳の知能の発生原理に数理的な方法で着実にアプローチすることで,世界の先端的な研究成果が出続けています.この分野の研究成果は長期的には,現在のDeep Learning主体の人工知能の次にくると期待される脳型知能の原理を示してくれると期待しています.

 一方で後者では,1970年代のネオコグニトロン以来の伝統で多くの研究があります.Deep Learningは階層ネットワークの特性を引き継いでおり,ネットワーク構造の変化に関わらず現れる多くの共通の性質について研究の蓄積があります.また,脳の情報処理の知見をニューラルネットに埋め込んで知的機能を生み出す「脳型の知的アーキテクチャ」は神経回路のど真ん中の研究領域でもあります.

 このように神経回路学会は,社会がこれから要請するであろう未来の知能システムの実現に取り組むのに最適な立場にあります.人間のような汎用の人工知能を作ろうという活動は,結局は人の脳の認知過程の計算的実現を目指す「認知アーキテクチャ」の研究となります.Deep Learningや強化学習などの既存の機械学習は知能実現のための機能要素ではあっても知能のシステムというにはほど遠く,従来の人工知能の概念を超えた知能のあり方については,まだ模索段階です.


そこで神経回路学会は,Beyond Deep Learningをキーワードに,いずれ必ず見えてくるであろうDeep Learningの限界を超えた新しい知能モデルの開発に取り組みます.そして,いまの人工知能への社会の関心を一過性のブームで終わらせず,研究−応用−社会還元という研究のエコサイクルにつなげるよう努力します.それこそが,日本神経回路学会の社会貢献であり,存在意義であろうと考えます.

 とは言いつつ,このような大きな流れは単独の学会で実現できるものではありません.多くの関係する学会や組織の方々との共同での作業が必要です.皆様のご協力をお願いいたします.

2017年5月