\documentclass[12pt]{jarticle} \pagestyle{plain} % \begin{document} %━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ \begin{center} {\Large \bf ダイナミックなシナプスと神経回路機能}\\ {\normalsize \bf --- 減衰シナプス,非対称LTP・LTDの実験とモデルから ---}\\[1zw] {\large \bf 講師: 深井 朋樹(東海大学・工,CREST)}\\ {\large \bf レポーター:加納 慎一郎,小林 伸一}\\ 平成11年8月25日 \end{center} %━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ \section{はじめに} 高度で柔軟な脳の情報処理機能を支える重要な柱の一つは学習能力であろう.学習 を可 能にしているものは,ニューロンの回路網がシナプス結合を活動状況に応じて変化さ せる 能力であると広く考えられている. Hebbにより,シナプス前とシナプス後ニューロン間の結合は活動間の相関に依存し て変 化するという,いわゆる「使用度依存のシナプス可塑性」という考えが提唱されてか らほ ぼ半世紀を経た.これはシナプス前後の発火率をそれぞれ$f_{pre}$,$f_{post}$と すると,結合効率$w$が \begin{equation} \delta w \propto f_{pre} \cdot f_{post} \end{equation} に従って更新されるというものである.この提案はその後多くの実験事実により支持 され ることとなり,またこの「Hebb則」に基づいたさまざまな生物的,工学的神経回路モ デル が提出され,それなりに成功を収めてきた. しかしながら,シナプス結合部位での信号伝達や可塑性の神経機構に関してはまだ 不明 な点が多く,またシナプス可塑性が実際の行動レベルでの学習に直接的に関係を持つ かと いう点に関してもいろいろと議論がある.最近はシナプスの動作はこれまで考えられ てい たよりもはるかに動的であり,これまでのシナプスのイメージを変えなければならな いの ではないかといわれるようになってきた. 本講義ではこれらをふまえ,シナプスに関する最近の話題から減衰シナプス (depressing synapse),非対称LTP/LTD(asymmetric long--term potentiation/depression)につい てを概説する.現在までに報告されてきたこれらの現象の実験的知見とそのモデルを 紹介 し,その機能的役割について議論する. %━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ \section{減衰シナプス} 最近大脳皮質の錐体細胞間のシナプスの中に,連続的なスパイク入力に対して伝達 効率 を指数関数的に減衰させるものがあることが発見された\cite{AVSN97,MT96}.またこ の特 性を現象論的にモデル化する試みも行なわれてきている.さらに最近では減衰シナプ スの 神経回路レベルでの機能的な役割について議論する興味深い報告もされている. シナプス効率の短期間での減衰に関しては以前にも報告がなかったわけではない. しか し近年の減衰シナプスでの信号伝達に関する一連の研究は,MarkramとTsodyks \cite{MT96}, Abbottら \cite{AVSN97}から始まったと考えてよいだろう.彼らの論文によって信号 伝達 の減衰過程に関する基本的な実験事実と,それらの実験結果に基づくシナプスでの信 号処 理に関する数学的モデルが論じられている\cite{MT96,TM97,AVSN97}. \subsection{減衰シナプスの数理モデル(1): 3変数モデル} Tsodyks と Markram はシナプス接合部での神経伝達物質(``Resources'')のとり 得る 状態を3種類に分類し,その回収ダイナミクスから減衰シナプスをモデル化して実験結果 と比較した\cite{TM97}.これは神経伝達物質を有効(effective,利用可能な状 態),不 活性(inactive,レセプタに捕獲された状態),回収(recovered)の3状態に分け, それ ぞれの割合の関係を以下の式で表したものである. \begin{eqnarray} \frac{dR}{dt} &=& \frac{I}{\tau_{rec}} \nonumber \\ \frac{dE}{dt} &=& - \frac{E}{\tau_{inact}} + U_{SE} \cdot R \cdot \delta(t-t_{AP})\nonumber \\ I &=& 1 - R - E \end{eqnarray} ただし,$E,I,R$ は 有効,不活性,回収の各状態をとる神経伝達物質の割合を表す. $\tau_{inact}$,$\tau_{rec}$はそれぞれ不活性,回収状態の時定数,$t_{AP}$はシナ プス前活動電位のシナプスへの到達時刻を表す.また$U_{SE}$は0から1までの値をと るシ ナプス効率の利用パラメータであり,この値が1に近付くほどシナプスの減衰が顕著とな る.このモデルは生理実験の結果をよく説明し,フィッティングの結果 $\tau_{inact}$ = 2〜3ms,$\tau_{rec}$ = 100 〜 700ms,$U_{SE}$ = 0.1 〜 0.95 の値をとる. この変数$E$に比例したシナプス後電流が誘発される.シナプスの最大利用可能な効率 (絶対効率)を$A_{SE}$とすると,$n$番目のシナプス前入力によって誘発される興奮性 シナプス後電流$EPSC_{n}$は \begin{equation} EPSC_{n} = A_{SE} E \end{equation} となるとする. ここで,周期的な入力がシナプスに印加された場合を考える.シナプス前入力の周 期を $\Delta t$($\gg \tau_{inact}$)とすると,$\tau_{inact}$が無視できて \begin{equation} EPSC_{n+1} = EPSC_{n}(1-U_{SE}) e^{-\Delta t / \tau_{rec}} + A_{SE} \cdot U_{SE} (1-e^{-\Delta t / \tau_{rec}}) \end{equation} となることから,この定常値$EPSC_{st}$は \begin{equation} EPSC_{st} = \frac{A_{SE} \cdot U_{SE}(1-e^{-1 / r \tau_{rec}})} {1 - (1-U_{SE}) e^{-1 / f \tau_{rec}} } \end{equation} となる($f = 1/\Delta t$はシナプス前入力周波数). $f \tau_{rec} \gg 1$のとき, \begin{equation} EPSC_{st} \approx \frac{A_{SE}}{f \tau_{rec}} \end{equation} となることから,$f$が限界周波数$f_{lim} \simeq 1 / U_{SE}\tau_{rec}$より大き い場 合には$EPSC_{st}$が入力周波数$f$に反比例することがわかる.これは減衰シナプス が定 常な発火率情報を伝達しないことを意味する重要な結果であると思われる.一方$f < f_{lim}$ のときは周波数が意味を持ち,発火率に基づく情報処理が可能である. この限界周波数$f_{lim}$は$U_{SE}$が大きいほど小さくなる.生理学的には$U_{SE}$ は一発の活動電位が神経伝達物質の放出を起こす確率によって決定される値であるた め, カルシウム濃度 [Ca$^{2+}$] を変化させることによって$f_{lim}$を制御できる.こ れら から,もしかしたらニューロンは発火率コーディングとテンポラル・コーディングを 状況 に応じて切替えて使っているのかも知れないという仮説も成り立つのではないだろう か. 他に論文中では,$U_{SE}$が大きい場合,多数のシナプス前入力の周波数の同期的 変化 が生じた場合にのみ後シナプスに活動電位が生じるようになること,シナプス前後の 活動 電位の組み合わせによってこの同期的変化に対して応答が敏感になることが示されて いる. \begin{center}\bf [Tsodyks and Markram 1997: Figure 1, Figure 2, Figure 3] \end{center} \subsection{減衰シナプスの数理モデル(2): 2変数モデル} 一方,Abbott らはこの減衰シナプスの特性をシナプスコンダクタンス$g$と係数 $\alpha$ の2変数でモデル化した\cite{AVSN97}.$g$はシナプス入力があると$\alpha$倍され,な いと0に時定数2ms程度で減衰する.また$\alpha$もシナプス入力があった場合に$f$倍さ れ,それ以外では$\tau d\alpha/dt = 1 - \alpha$に従う.ここで$f$は定数(0.65 〜 0.86)である. 減衰シナプスに周波数$r$Hzの入力を加える場合を考える.シナプスに減衰が生じる前 のEPSCを$A$とすると,これは1発のシナプス前入力により$fA$に減衰するが,この値 は次 の入力までの間に$1 + (fA-1)\exp(-1/r\tau)$まで回復する.この収束値(入力周波数 $r$HzにおけるEPSCの定常値)を$A(r)$とすると,$A(r) = 1 + (fA(r)-1)\exp(-1/r\tau)$よ り$A(r) = (1 - \exp(-1/r\tau))/(1 - f\exp(-1/r\tau))$となる.ここで入力周波 数$r$ が大きく,かつ$f<1$であると仮定すると,$\exp(-1/r\tau) \simeq 1 - 1/r\tau$より $A(r) \simeq 1/(1-f)r\tau$となる.求心性入力が$r$Hzの時のシナプスコンダクタンス は$r A(r)$に比例するが,前述の結果から$A(r) \propto 1/r$なので,結局減衰シナ プス により入力周波数への依存性が失なわれることになる. この状況で入力周波数$r$が$\Delta r$だけ変化したとき,変化後の周波数の情報だけ がシナプスを介して伝えられるので,シナプスコンダクタンスは$\Delta r A(r)$に比例 する.このときも$A(r) \propto 1/r$が成り立っているので,結局シナプスコンダク タン スは$\Delta r/r$に比例することになる.これは心理物理学的な一般法則として知ら れる Weber--Fechnerの法則(刺激量$I$の増分$\Delta I$の弁別限が$\Delta I/I$に比例 する) と同一の関係である. \begin{center}\bf [Abbott et al. 1997, Figure 1]\end{center} \subsubsection{増強シナプス} なお,減衰シナプスと逆の特性を持つシナプスの存在を示す報告もある.これは減 衰シ ナプスに対して増強シナプス(facilitating synapse)と呼ばれている. Markramらは,先に紹介した彼らのモデル\cite{TM97}を拡張し,増強シナプスを以 下の ようにモデル化した\cite{MWT98}. \begin{eqnarray} \frac{du}{dt} &=& \frac{U-u}{\tau_{facil}} + U(1-u)\delta(t-t_{AP}) \nonumber \\ \tilde{u}_n &=& u_n + (1-u_n)U~< 1~~~~\mbox{if}~~U < 1 \nonumber \\ U_{n+1} &=& u_n e^{-\Delta t / \tau_{facil}} + U(1 - e^{-\Delta t / \tau_{facil}}) \end{eqnarray} 先と同様に,周期$\Delta t$の定常入力を印加した場合を考える.$n$番目の入力に対す るシナプスの利用可能な効率とその利用パラメータ,およびEPSPをそれぞれ$R_n$, $u_n$, $EPSP_n$とすると, \begin{eqnarray} R_{n+1} &=& R_n (1-u_{n+1})e^{-\Delta t/\tau_{rec}} + 1 - e^{-\Delta t/\tau_{rec}} \nonumber \\ u_{n+1} &=& u_n e^{-\Delta t/\tau_{facil}} + U (1 - u_n e^{-\Delta t/\tau_{facil}}) \nonumber \\ EPSP_n &=& A R_n u_n \end{eqnarray} で表される.以前のモデルと異なるのは,定数として扱われていたシナプス利用パラ メー タ$U_{SE}$を変数$u$として扱ったところにある.このモデルで減衰シナプスを説明する 際は,$\tau_{facil} \simeq 0$,$u_n = U$とすればよい. 減衰シナプス,増強シナプスを合わせて,このような特性を持つシナプスは動的シ ナプ ス(dynamic synapse)と総称される\cite{ZD97}. \begin{center}\bf [Markram et al. 1998, Figure 4A]\end{center} \subsection{減衰シナプスの機能的役割} 近年,視覚系や聴覚系での求心性入力の情報処理における減衰シナプスの機能的役 割を 論じる興味深い報告がなされてきた. Sennらは減衰シナプスの特性を用いることで,スパイクの同時性に基づいて符号化 され た情報を復号化できる可能性を数値シミュレーションにより示した\cite{SST98}.サ ルの 聴覚一次野においてスパイク活動のタイミングと相関が重要な情報を持っていること を示 唆する実験的知見\cite{dCM96}を引用し,これらの情報を復号化するメカニズムにつ いて 議論を行なっている.Sennらは生理実験の結果と同様の統計的性質のあるスパイク列 を人 工的に生成し,それを神経細胞モデルに入力した際の出力をみたところ,減衰シナプ スの 特性を持つ場合にのみ同期のタイミングを検出できることが示された.これは定常的 な入 力によりシナプス効率が減衰する結果,多くのスパイクが同期して入力された場合で なけ れば発火が生じないという性質によるものである.このような符号化がなされた信号 を検 出するメカニズムとしては減衰シナプスは唯一のものとはいえないが,減衰シナプス の特 性を用いれば安定した復号化システムを構築できると思われる.最近スパイク列のタ イミ ングや相関が脳の情報処理において重要な役割を果たしていることが注目されている が, この結果はその意味でも非常に興味深いと思われる. またChanceらは視覚一次野(V1)単純型細胞の応答に見られる時間的非線形性を減 衰シ ナプスの特性を用いて説明した.この研究ではシナプスモデルに時定数の異なる2種類の 減衰シナプスを用いており,皮質ニューロンの過渡的入力に対する応答振幅の上昇, カッ トオフ周波数の上昇の両者を説明できる.このモデルを用いて外側膝状体(LGN) ---V1の 簡単なモデルを構成し,V1単純型細胞の応答をシミュレートした.LGNに振動する濃淡パ ターンを入力した場合,V1ニューロン膜電位の位相シフトが生じた(位相シフト特 性). これはシナプス減衰が入力振幅の増加する位相で作動するためにピーク時間が早まる ため である.また異なる位相シフト特性を組み合わせることで,受容野中の刺激の移動方 向の 検出(方向選択性)も可能であることが示された. \begin{center}\bf [Senn et al. 1996,Figure]\end{center} \begin{center}\bf [Chance et al. 1998,Figure 1, Figure 2, Figure 3]\end{center} %━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ \section{非対称LTP/LTD} シナプス前高頻度刺激(tetanus)とシナプス後電位の脱分極がシナプス変化をもたら すことは以前から知られている.しかし,シナプスの効率変化はNMDA型グルタミン酸 受容 体やAMPA型グルタミン酸受容体によって制御可能であることが発見された. BiとPooはシナプス前細胞とシナプス後細胞のスパイクのタイミングに依存してEPSCが 強化されたり減衰したりすることを報告した\cite{bi-poo98}.シナプス前がシナプス後 に比べて約30ms先行する場合にはEPSCの振幅が大きくなり,反対にシナプス前がシナ プス 後に比べて約30ms遅れる場合には逆にEPSCの振幅が小さくなる.(細胞体からシナプ スへ の逆伝搬の時間はおよそ3msなので,逆伝播の結果によってもたらされる変化とは考えに くい.)つまり,非常に短い時間窓内のタイミングによってシナプス効率の強化と減 衰が 切り替わるのである. このようなメカニズムをもつシナプスは,シナプス前とシナプス後のスパイクのタ イミ ングの違いで結果として非対称に形成されるはずである.非常に興味深いことに,非 対称 シナプスは脳内の過程において,従来考えられている対称シナプスとは異なる性質や 機能 的役割が示唆されている.以下にその一例を挙げる. \begin{itemize} \item Gerstnerらは聴覚処理を行う皮質細胞への入力に200〜240$\mu$sの遅延をもた せ, 細胞のスパイクと入力とのタイミングに依存してシナプスを強化または減衰さ せる メカニズムを用いて学習を行い,最適な遅延をもつシナプスが選択されること をシ ミュレートした\cite{gerstner96}.このシナプスの結合効率は,信号伝達に繰り 返し参加したシナプス群内で正規化が行われる(self--renormalization).彼ら は非常に速い処理が行われる聴覚処理に注目し,最適な遅延特性をもつ経路の シナ プス可塑性による選択によって精度の高い計算が可能であること示している. \item GerstnerとAbbottは海馬の場所細胞の自己組織化のモデル化を行い,「次に訪 れる べき場所の予想」を空間的に非対称なネットワーク上に表現した \cite{gerstner97}. この表現から生まれる活動の時間的な流れを目的地への予想として用い,目標 地点 へのナビゲーション機能を実現している. \end{itemize} \begin{center}\bf [Gerstner et al. 1996 Figure 2]\end{center} 以上のように,非対称性シナプスは活動の時間的な変化を積極的に用いて因果関係 を記 述できる.さらに適当な遅延シナプスの選択の結果,その回路は時間的解像度の高い タイ ミング処理を実現している可能性がある. %━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ \section{神経回路の同期発火現象における減衰シナプスと非対称LTP/LPDの役割} FukaiとKanemuraは減衰する性質をシナプスに付加することで皮質の錐体細胞群をモデ ル化し,ネットワークの同期的な発火現象に及ぼす効果について調べた. \cite{fukaixx} \subsection{モデル構成} 興奮性・抑制性の2種類の積分―発火型のニューロン素子を用いて(Fukai and Kanemura xx Figure 1)のようにリカレントネットワークを構成する.興奮性ニュー ロン 間どうしはそれぞれ相互結合,抑制性ニューロンはすべての興奮性ニューロンから入 力を 受け取り再び興奮性ニューロンへフィードバックされる.ダイナミクスは以下のよう に定 式化される. \begin{eqnarray} \tau_{m} \frac{dV_{i}}{dt} &=& - (V_{i}-V_{rest}) - \frac{1}{NR_{c}} \sum_{j \neq i} c_{ij} g^{ee}_{ij} (V_{i}-V_{syn}) \nonumber \\ & & - g^{ei}(V_{i}-V_{cl}) + E_{i} \\ \tau_{e} \frac{dE_{i}}{dt} &=& - E_{i} + E_{0} \delta (t - t^{inp}_{i})~~~~~~~i = 1, ... ,N\\ \tau'_{m} \frac{dV}{dt} &=& - (V - V_{rest}) - g^{ie} (V-V_{syn}) \end{eqnarray} \begin{center}\bf [Fukai and Kanemura xx Figure 1]\end{center} $V_{i}$,$V$はそれぞれ興奮性,抑制性ニューロンの膜電位であり,$E_{i}$は外部か らの入力によって生成されたEPSPである.$g^{ie}$,$g^{ei}$はそれぞれ,皮質の錐 体細 胞間の非減衰シナプスの興奮性ニューロンから抑制性ニューロンへのコンダクタン ス,抑 制性ニューロンから興奮性ニューロンへのコンダクタンスを表わし,スパイクと同時に $G^{ie}$,$G^{ei}$の値となり時定数3ms,4msで減衰するものとする.また, $g^{ee}_{ij}$は興奮性ニューロン相互間の減衰シナプスのコンダクタンスを表わし,シ ナプス前からのスパイク入力とともに$G^{ee}_{ij} w_{ij} \alpha_{ij}$の値から時 間と ともに時定数3msで減衰する.ここで,$w_{ij}$は速い学習シナプス荷重である. $\alpha_{ij}$は速い減衰を表わすパラメータでrecovery time constantと呼ばれる. このパラメータは入力があったときは$f$倍され,ないときは以下の式に従う. \footnote{MarkramとTsodyks\cite{MT96}によれば,$w_{ij}$が遅い変化をしつつシナプ スの減衰によってEPSPの形が修正される.$f$の値の変化が与える効果はこのモデルでは 扱わない.実験的に,$0.65 \leq f \leq 0.85$,$\tau_\alpha < 1 \mbox{sec}$である ことが知られるため,本シミュレーションでは$f = 0.7$,$\tau_{\alpha} = 200$msの値 を用いた.なお,$f=1$の条件は非減衰シナプスに対応する.} \begin{equation} \tau_{\alpha} \frac{d \alpha_{ij}}{dt} = 1- \alpha_{ij} \end{equation} $G^{ie}$は小さく,同期したスパイクだけが抑制性ニューロンのスパイクを引き起こ す. またその投射範囲は狭い.一方,$G^{ei}$は興奮性ニューロンを抑制するのに十分な ほど 大きく,広範囲のニューロンへ投射する. $w_{ij}$は(Fukai and Kanemura xx Figure 2)に示すようにタイミングに依存し て増 加または減衰させる.すなわち,シナプス前とシナプス後のスパイクのタイミングに 依存 したHebb学習である.($w_{ij}$は正規化される) \begin{center}\bf [Fukai and Kanemura xx Figure 2]\end{center} \subsection{シミュレーション結果} \subsubsection{刺激特異的な周期性を持つ反応} 基本的な性質を調べるため,Hebb学習なしでポアソンスパイク列をネットワークへ 入力 として与えた.すると,個々のニューロン反応もポアソンスパイク列を示す一方で, 興奮 性ニューロンの活動が相互作用によってニューロン全体の活動の同期を引き起こした. (Fukai and Kanemura xx Figure 3a).この興奮性ニューロンの活動は抑制性フィード バックによりすばやく抑制されると,数ミリ秒という短い時間幅で同期現象が起きた. また,時間幅$\tau_{m}$の間にニューロンひとつあたりが受ける平均入力スパイク 数の 時間的変化(Fukai and Kanemura xx Figure 3c),および,減衰シナプスの $\alpha(t)$ の平均(同 Figure 3d)$\bar{\alpha(t)}$のグラフから,減衰が十分に回復したときに ニューロンの同期発火が生じていることがわかった. その際,減衰シナプスの回復時定数$\tau_{\alpha}$が重要なパラメータとなり,同期 発火の間隔(ISyI: inter--synchronization interval)は$\tau_{\alpha}$の増加と とも に長くなる.同期が周期的に起こると仮定すると,平均のISyIと$\bar{\alpha(t)}$の収 束値の間には以下の近似式が成立する. \begin{equation} \alpha_{c} \simeq \frac{1-e^{\mbox{ISyI}/\tau_{\alpha}}}{1-f^n e^{-\mbox{ISyI}/\tau_{\alpha}}} \end{equation} ここで,$n$はシナプス前からの同期スパイク入力の数を表し,$n=3$で収束値とみな す. この値は平均のISyIや$\tau_{\alpha}$に依存しない. 以上の結果は,このモデルが異なる刺激を異なる同期発火パターンでコードしてい るこ とを示している.しかし,temporal codingはノイズに対して非常に弱い.そこで (1)同期 のtemporal patternが外乱に対してロバストであるか,(2)異なるポアソンスパイク列は 十分に異なるパターンを生成するか(刺激弁別),の2点について検討を行なった. \begin{center}\bf [Fukai and Kanemura xx Figure 3]\end{center} \subsubsection{Temporal synchronization patternのロバスト性} リファレンスの同期事象時刻に対して,ノイズとして$\pm d_{s}$より小さなランダム の遅れ・進みをもつスパイク列を与え,これを学習した後のパフォーマンスを調べ た.リ ファレンスと同じ数の同期事象が起きたときを各試行の成功とした.リファレンスと 成功 試行のi番目の同期事象の時刻をそれぞれ,$t_{i}^{(r)}$,$t_{i}$とし,時刻のずれの 平均を \begin{equation} \Delta = \frac{1}{n_{s}} \sum_{i=1}^{n_s} | t_i - t_i^{(r)} | \end{equation} とした.ここで$n_{s}$は出力パターンの同期事象数である.リファレンスパターンおよ び初期シナプス荷重を変えてくり返しシミュレーションを行い,$\Delta$の分布を求 めそ れらを正規化して扱った. (Fukai and Kanemura xx Figure 5a, Figure 5b)はそれぞれ$d_{s}=1.5$msに対する $f=0.7$と$f=1$の場合の$\Delta$分布の例である.「一回の試行ですべての同期事象 がレ ファレンスパターンと比べて$\pm 20$msの範囲に入っていたときを成功とし,(成功 率) = (成功回数) /(試行回数)と定義した.また,ネットワークのパフォーマンスはシナプ ス荷 重の空間パターンに依存した.この方法では,学習で探索すべきシナプス荷重の空間 パター ンはかなり限られたものになってしまう.このネットワークの制約をゆるめるため に,こ こでは学習結果と比較を行いリファレンスパターンに対して最良の結果を導くネット ワー クを採用することとした. \begin{center}\bf [Fukai and Kanemura xx Figure 5]\end{center} 次に,$f=1$で$d_{s}=1.5$,$f=0.7$で$d_{s}=1.5$,$f=1$で$d_{s}=3.0$のそれぞ れの 場合についての結果を(Fukai and Kanemura xx Figure 6)に示す.$f=0.7$の場合, Hebb学習後に大きく成功率が上昇している.また,$d_{s}=3.0$msのとき学習後のパ フォー マンスが最もよく,$d_{s}=1.5$msになると半減してしまっている.$f=1$の場合パフ ォー マンスの改善は見られなかった.ほとんどのシミュレーションで,減衰シナプスがあ ると 同期事象のtemporal patternはノイズに対してロバストであった. \begin{center}\bf [Fukai and Kanemura xx Figure 6]\end{center} \subsubsection{刺激弁別} 異なるポアソンスパイク列をそれぞれ異なる同期事象パターンにこのネットワーク が符 号化するかどうかを調べた. 離散時間系で同期パターンを$S_a(1)$,$S_a(2)$と2進の系列表現を用いる. $S_a(i)=1$はi番目の時刻での同期事象を表し,$S_a(i)=0$はその他の場合とする. パター ン$a$,$b$の両者間の類似度を定量化するために,パターンのオーバーラップを \begin{equation} m_{ab} = \frac{1}{\sqrt{L_a L_b}} \sum_i S_a(i) S_b(i) \end{equation} と定義する.$L_a$,$L_b$はそれぞれパターン$a$,$b$の同期事象の数を表す.また $m_{ab}$は$0 \leq m_{ab} \leq 1$となる値で$m_{ab}=1$は時間幅D内で完全に一致した 事を意味する.ISyIに比べて$D$が大きくなると$m_{ab}$は1に近づく. いくつかの$D$について学習後の$m_{ab}$の平均値をプロットしたものを(Fukai and Kanemura xx Figure 7)に示す.実線はリファレンスと成功のオーバーラップ,点線 はリ ファレンスと失敗のオーバーラップ,破線はリファレンスと独立なポアソン刺激反応 との オーバーラップである.時間のずれ$d_{s}=1.5$msで成功と失敗を分類された.この結果 からわかる事は,成功した反応パターンではレファレンスを非常に似た反応を示すの に対 して,失敗した反応パターンでは類似度は低い.時間解像度$D$が20〜30msならば刺激弁 別が可能であった. %━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ \section{まとめ} 減衰シナプスを神経回路上での同期現象で動的シナプスを考慮すると,それぞれの シナ プスで同期したシナプス効率の上昇・下降が生じる.いったんシナプス減衰が起こる と同 時に入力に対する感受性の低下が同期しているニューロン群で同時に生じ,回復する まで の一定の間は新しい同期事象が起きにくくなる.減衰シナプスという現象をモデルに 組み 込むことによって説明のつかなかった現象が簡潔に説明できる可能性がでてくるかも しれ ない.それと同時に,新しいニューロンの計算メカニズムやモデルの構築へつながる と考 えられる. このように,個々のシナプス上に入力依存の活動をコントロールする機能を持たせ て, 一過性の同時性入力を再現しやすくするメカニズムをもつようになることが,減衰シ ナプ ス導入の利点である.1度発生したニューロンへの入力(時空間ベクトル)を,そこで活 動した各シナプスをある期間だけ実質的な活動を抑えることで,再び活動するタイミ ング が同期しやすくなることが示せる.この性質から,テンポラルコーディングで問題点 とな る「外乱に対する安定性」が減衰シナプスによって実現される可能性がある.脳のモ デル を構築していく際,本当のニューロンがもつ特性を再度見つめ直しアプローチするこ とで より有用な計算メカニズム・機能の実現につながる可能性があるのではないだろうか. %━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ \begin{thebibliography}{99} \bibitem{AVSN97} Abbott L.F., Valera J.A., Sen K. and Nelson S.B., ``Synaptic depression and cortical gain control'', \textit{Science}, \textbf{275}, pp.220--224 (1997) \bibitem{ASC98} Artun \"{O}.B., Shouval H.Z. and Cooper L.N., ``The effect of dynamic synapses on spatiotemporal receptive fields in visual cortex'', \textit{Proc. Natl. Acad. Sci. USA}, \textbf{95}, pp.11999--12003 (1998) \bibitem{bi-poo98} Bi G-q and Poo M-m, ``Synaptic modifications in cultured hippocampal neurons: Dependence on spike timing, synaptic strength, and postsynaptic cell type'', \textit{J. Neurosci.}, \textbf{18}, pp.10464--10472 (1998) \bibitem{CNA98} Chance F.S, Nelson S.B. and Abbott L.F., ``Synaptic depression and the temporal response characteristics of V1 cells'', \textit{Journal of Neuroscience}, \textbf{18}, pp.4785--4799 (1998) \bibitem{dCM96} deCharms R.C. and Merzenich M.M., ``Primary cortical representation of sounds by the coordination of action--potential timing'', \textit{Nature}, \textbf{381}, pp.610--613 (1996) \bibitem{fukaixx} Fukai T. and Kamemura S., ``Precisely--timed transient synchrony by depressing synapses'', submitted for publication \bibitem{GH98} Galarreta W. and Hestrin S., ``Frequency--dependent synaptic depression and the balance of excitation and inhibition in the neocortex'', \textit{Nature Neuroscience}, \textbf{1}, pp.587--594 (1998) \bibitem{gerstner96} Gerstner W., Kempter R., van Hemmen J.L. and Wagner H., ``A neuronal learning rule for sub--millisecond temporal coding'', \textit{Nature}, \textbf{383}, pp.76--78 (1996) \bibitem{gerstner97} Gerstner W. and Abbott L.F., ``Learning navigation maps through potentiation and modulation of hippocampal place cells'', \textit{J. Comput. Neurosci.}, \textbf{4}, pp.79--94 (1997) \bibitem{GNAxx} Goldman M.S., Nelson S.B. and Abbott L.F., ``Decorrelation of spike trains by synaptic depression'', \textit{Neurocomputing} (in press) \bibitem{MT96} Markram H. and Tsodyks M., ``Redistribution of synaptic efficacy between neocortical pyramidal neurons'', \textit{Nature}, \textbf{382}, pp.807--810 (1996) \bibitem{MLFS97} Markram H., L\"{u}bke J., Frotscher M. and Sakmann B., ``Reguration of synaptic efficacy by coincidence of postsynaptic APs and EPSPs'', \textit{Science}, \textbf{275}, pp.213--215 (1997) \bibitem{MWT98} Markram H., Wang Y. and Tsodyks M., ``Differential signaling via the same axon of neocortical pyramidal neurons'', \textit{Proc. Natl. Acad. Sci. USA}, \textbf{95}, pp.5323--5328 (1998) \bibitem{SWSL96} Senn W., Wyler K., Streit J., Larkum M., L\"{u}scher H.R., Merz F., Mey H., M\"{u}ller L, Stainhauser D., Vogt K. and Wannier Th., ``Dynamics of a random neural network with synaptic depression'', \textit{Neural Networks}, \textbf{9}, pp.575--588 (1996) \bibitem{SST98} Senn W., Segev I. and Tsodyks M., ``Reading neuronal synchrony with depressive synapses'', \textit{Neural Computation}, \textbf{10}, pp.815--819 (1998) \bibitem{TM97} Tsodyks M. and Markram H., ``The neural code between neocortical pyramidal neurons depends on neurotransmitter release probability'', \textit{Proc. Natl. Acad. Sci. USA}, \textbf{94}, pp.719--727 (1997) \bibitem{ZD97} Zador A.M. and Dobrunz L.E., ``Dynamic synapses in the cortex'', \textit{Neuron}, \textbf{19}, pp.1--4 (1997) \end{thebibliography} %━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ \end{document}