タイトル:多細胞同時記録データの統計解析法 講  師:伊藤 浩之 レポーター: 高橋 晋・ 中村民生 1. はじめに 複数の細胞のスパイク活動を同時記録し、細胞活動間の関係を統計的に解析す る方法は、60年代後半の Perkel らの相互相関ヒストグラム (cross correlogram) の理論的研究に始まり、80年代初頭の外山らのネコ視覚系での 実験的研究により大きく注目された。 一方、より大規模な多細胞同時測定を用 いた研究法の意義と問題点に関して総合的なレビューを試みるものとして、80 年代前半に Gerstein らやKruegerの先駆的な論文が提出された (Gerstein et al. 1983, Krueger et al.1983)。そして、80年代後半に Gray と Singer らによっ て提示された空間的に離れた細胞間の同期振動現象と情報のバインディング問題 (Gray& Singer, 1989) は大きな注目を集め、多細胞同時測定法は、従来の細胞 間の解剖学的な結合形態の解析という目的から、神経ネットワークにおける動的 な情報処理メカニズムの解明という新たな観点から、その必要性が強く認識され た。また、新たな電極の設計、測定機器の開発、多細胞データのスパイク弁別ア ルゴリズムなどの進歩により、大規模な多細胞同時測定が現実的に可能な状況と 成りつつある。具体的な多細胞同時記録法の最近の進展は、櫻井の講義を参考に していただくとして、この講義では、同時に細胞外記録された複数の細胞のスパ イク活動データをどのように統計解析していくのかに関して概説を行なう。 (PPT P1-P1中段までに関連) 2. これまでの研究 実際の細胞外記録実験においては、微小金属電極などを脳組織に刺入し、電極 先端付近に位置するニューロンの発火に伴うスパイク活動電位を記録する。脳組 織を直接に電気刺激または化学刺激して活動を測定する場合や自発的な活動を測 定する場合も考えられるが、ここでは麻酔下ないし覚醒行動中の動物の脳内にお いてニューロン活動を記録し、感覚刺激の提示または行動課題の実行との相関を 解析する場合を想定する。全く同一の刺激提示下においても、ニューロンの活動 には大きな variabilityが存在するために、通常は同一の刺激提示ないし課題遂行 を十分に多くの試行回数にわたり繰り返し、その試行平均をもって統計的な議論 を行う。例えば、一次視覚野での方位選択性を持つ単純細胞に最適方位の他にも 複数の異なる方位の線刺激を提示して、平均発火率に基づいて方位チューニング 曲線を求める場合、最適方位の刺激提示に対する試行ごとの発火率のばらつきの 大きさは、方位チューニング曲線における異なる方位に対する平均発火率の変動 より大きい事が知られている。櫻井も議論するように、我々は試行平均などを必 要とせず、single shot で信頼度の高い知覚を行っている。このメカニズムには いくらかの説明が試みられて来たが、未だ決定的なものは無い。とにかく、 ニューロンの活動は、脳にとっては十分に relevant であるのだが、我々研究者 が論文にまとめるにはあまりに irrelevant であるため、試行平均という操作が不 可欠となる。まず初めに、単一ニューロンのスパイク活動データに対して行われ てきた解析法を簡単に概観する。 A. ラスター表示 (Raster Display) 測定したニューロンの活動電位において一定のレベルを設定し、それ以上(ま たはそれ以下)に電位が変動した場合にスパイクが生じたとして、その時刻のタ イムスタンプを記録する。横軸に時間をとり、一つの試行時間内でスパイクが生 じた時刻すべてに短い縦線を並べていくと、スパイクの発火パターンが視覚化さ れる。異なる試行ごとに列を下にずらして表示したものをラスター表示とよぶ。 試行時間内での発火の変化および試行間での variability の双方が視覚化されるた め、定性的な理解にとっては有効である。人間のパターン認識能力はどんな統計 解析法より優れている。異なる試行間でのスパイク列の時間の原点をそろえるた めに、刺激の提示時刻や課題でのキュー信号の提示時刻など外部事象のonsetの タイミングを用いる。(PPT P1. 右下図) B. Peri-Stimulus Time Histogram (PSTH)  上で求めたラスター表示において、時間軸上を一定幅の小区間で分割する。 測定する脳部位によって平均の発火レベルが異なるので一概には言えないが、通 常10 ~ 50msec ぐらいの幅の区間を用いる。各区間に入っているスパイクの数を 試行全体に渡って平均し、この平均値を区間の代表値としてヒストグラムを作成 したものが、Peri-Stimulus Time Histogramまたは Post-Stimulus Time Histogramと呼ばれ、一般にはPSTHという略名で使われる。刺激の提示時刻と いうイベント時刻で異なる試行を揃えて、平均を行っている点に注意せよ。これ は、ラスター表示とは異なり、小区間内での時間平均および試行平均という統計 操作を行っている。これらの人工的な操作によって消失する情報に脳の秘密が隠 れているという激b性も存在するのである。 解析法というものは、何らかの情報を捨てるという操作の上に常に成り立って いる。(PPT P2. 左上図) C. Inter Spike Interval Histogram (ISI)  一つの試行でのスパイク列に対して、連続して生じる発火の時間間隔をすべ て測定し、ヒストグラムを作り、更に全ての試行に対して平均を行う。これを Inter Spike Interval Histogram といい、ISIなどと略される。これは、スパイク の間隔パターンにどのような統計性があるのかを知る簡単な方法である。皮質の ニューロンのISI はPoisson型であり、moto-neuron では Gaussian 型であるこ とが知られている。ただし、これは時間平均および試行平均を行った一次の統計 量であり、全く同じISI を持つ、異なるスパイクパターンは幾らでも作れる事に 注意せよ。スパイクの発火パターンを更に解析するためには、高次の統計量によ る記述が必要となる。(PPT P2. 中段右図) D. Auto-Correlogram ISIでは解析できない、スパイクパターンの2次の統計性を解析する。一つのス パイク発火が生じた時点で、その前後にどのようなタイミングで他のスパイク発 火が生じているのかを統計解析したもの。実際の計算は、(-128 msec, 128 msec) の区間の時間軸をとり(一般にはFFTの実行のため、2のべき乗の区間 数となるようにする)、1msec の小区間で分割し、ヒストグラムの計算の作業 場を作る。一つの試行のスパイク列を持ってきて、そのコピーを一組作り、時間 を揃えて上下に並べる。まず、上のスパイク列の一番目のスパイクに着目する。 下のスパイク列のこの時点(単に上のスパイクと同じスパイクがあるだけである が)が準備してあるヒストグラムの時間軸の原点になるように、下のスパイク列 を時間軸に重ねる。このスパイク列に対してヒストグラムの時間軸に切ってある 小区間ごとに何発スパイクが含まれるかを計算し、各区間のカウント値として保 存する。次に、再び2つのスパイク列を並べ、今度は上のスパイク列での2番目 のスパイク発火時点に着目する。下のスパイク列でのこの時点が原点となるよう にヒストグラムの時間軸に重ね、先程と同じく各小区間ごとに入るスパイク数を 計算し、先程保存してあったカウント数に加える。この作業を、上のスパイク列 のすべてのスパイク発火に対して行うことで、ヒストグラムが作成される。 PSTHでは刺激提示時刻を原点として発火率のヒストグラムを作成した。 Correlogramでは (Auto- でも Cross- でも) 上のスパイク列での各スパイク発火 時点を原点として、下のスパイク列のPSTHを計算する操作に対応する。すべて の試行に関して、ヒストグラムを平均することにより最終的なauto- correlogramが求められる。スパイク列をヒストグラムの時間軸に重ねた時に、 時間軸の範囲 (-128 msec, 128 msec) を超 えてしまう分に関しては、計算を行 わない。このヒストグラムでは、PSTHでは平均化されてしまった1msec 程度の 短い時間分解能でのスパイク発火間の相関が視覚化される。しかし、試行時間内 での全てのスパイクに対しての時間平均は行われており、非定常性などの問題が 生じると信頼性は失われる。(PPT P3.左上図) 刺激性相関と神経性相関 (Shuffling と Shift Predictor) 上で求めた auto-correlogram での計算法でも理解されるように、どんなスパイ ク列でもスパイクが存在すれば、ヒストグラムにおいて正のカウントが積み上が り、なんらかの構造が存在する。PSTHの計算では、区間幅が50msec 程度で あったために、この区間内であれば同じ数のスパイクをどのように配置しても同 じヒストグラムとなってしまう。ここで、実際のスパイクデータと全く同じ PSTHとISI(一次統計量)を持つが、PSTHの各区間内は全くランダムなスパイ ク列を考える。このスパイク列に対しても、auto-correlogram を計算すると、 何の構造もない平たんなヒストグラムを得る。これは、一次統計量は等しいが、 スパイクの発火タイミングに関しては何の相関もないとする場合(帰無仮説)で も生じる accidental な相関構造である。実際に関心があるのは、この帰無仮説 からのズレである。これは、スパイクデータから直接計算されたcorrelogram (raw-correlogramという) から帰無仮説の場合のcorrelogramを各小区間ごとに 差を取ることにより評価される。これは、統計では、スパイク発火の covariance を計算する事に対応する。 実際の実験データに対して、理想的な帰無仮説のスパイクデータをシミュレー トする事は大変である。一般にはshuffling またはshift predictorという二つの 方法のどちらかを用いて近似的にcorrelogram を評価する。Raw-auto- correlogram の計算においては、各試行でのスパイク列の下にそのコピーを並べ てヒストグラムを計算した。ここで、上の列のオリジナルのスパイク列(試行回 数分ある)は固定して、それぞれの下にあるコピーのスパイク列の試行の順番を トランプ帥鰍驍謔、にランダムにshuffle する事を考えよう。この場合には、オ リジナルなスパイク列と他の試行でのスパイク列のコピーとを組み合わせて correlogram を計算することになる。この試行回数分を平均することで、疑似 的に帰無仮説の場合のcorrelogramを評価できる。 これは、異なる試行のスパイク発火のタイミング間に統計的な独立性を仮定し た場合、試行の順番をshuffle する事により、PSTHおよびISIは同じであるが、 細かい時間タイミングは独立なスパイク列の組が出来上がるからである。これを shuffled correlogramという。また、もっと簡単には、shuffle ではなく、単に 1つずれた試行でのスパイク列同士を組み合わせて求める shift correlogram ま たは shift predictor と呼ばれるものをもって評価する。別に、いくつ分試行を shiftさせても良いが、1つのshiftで統計的独立性は満たされると信じられてい る。試行ごとのスパイク列の統計性のvariabilityや異なる試行をまたぐような長 時間スケールの変動などがあると、この方法は破綻する可能性があることを覚え て置くべきである。(PPT P3.右上図) E. Cross-Correlogram Auto-correlgramは一つのニューロンのスパイク発火のおける微細な時間的構 造を統計解析したものであったが、神経ネットワークでのニューロン間の発火の 時間的関係を解析するためには、それぞれのニューロンのスパイク列の組に対し て、cross-crorrelogramを計算する必要が生じる。Auto-correlogram で説明し た各試行ごとのオリジナルスパイク列とそのコピーのスパイク列の代わりに、同 一試行で同時記録された二つのニューロンのスパイク列を用いて同様なヒストグ ラムを計算することで、raw-cross-correlogramが得られる。また、この場合の 帰無仮説は、二つのスパイク列での発火時刻が統計的に独立である事であるが、 疑似的な帰無仮説の場合のcross-correlogramはauto-correlogramの場合と同様 にshuffling または shift によって評価できる。現在、この解析法は最も広く用 いられている。(PPT P3.下図) 3. 最近の研究  Cross-correlogram は有効な方法であるが、以下のような問題点が存在する ことはかなり以前より指摘されていた。1)発火率が異なるようなスパイクデー タ間での相関の強さの比較のための定量的な議論(規格化の問題)があいまいで ある。2)試行時間内で相関構造が非定常性を示す場合に、時間平均操作は不適 切な結果を導く。3)あくまでも二つのニューロン間の相関しか視覚化できない (多体相関構造の視覚化の必要性)。これらのどの問題も、スパイク発火タイミ ングにおける時空間的関係性に着目する情報符号化パラダイムの実験的検証にお いては、重要となる問題点である。(PPT P4.図) A.Joint-PSTH 1の相関の強さの規格化の問題に対して、Aertsen らのJoint-PSTH は一つの 方向を示した。(Aertsen et al. 1989)  まず、縦方向と横方向にスパイク列を置いてbinを切る.このとき、binは一 つのbinに一つのスパイクしか入らないようにbinを切る.Binを切ること自体, 時間平均をすることにはなるが、bin内では時間的に定常にあると仮定してお く。ここでu, vをJoint-PSTHのbinの番号、i, jをニューロン番号としkを試行の 番号Kを試行回数と置くとk番目の試行の二つのスパイク列中のそれぞれのbin内 に入るスパイク列の数はそれぞれni(k)(u), nj(k)(v)と表すことができ,これらは上 述の制約条件により0か1のいずれかの値になる.そうすると,発火率、つまり PSTHは以下の用に表される。 = 1/K Σ ni(k)(u)  この式の値は、ni(k)(u), nj(k)(v)の値が0か1、言い換えれば、binの中にスパ イクが入るか入らないかのいずれかなので、bin内にスパイクの入る確率、つま り、1になる確率になる.。よって,この場合のPSTHは、発火率というよりも発火 確率と言い換えることができる.  次にJoint-PSTHは各試行での縦のスパイク列のスパイクのあるbinと横のス パイク列があるスパイクが交わるbinを1とする.つまり,縦と横のbinの間の論理 積を取る.k番目の試行のJoint-PSTHは以下のように表すことができる. nij(k)(u,v)=ni(k)(u)nj(k)(v) これを試行回数繰り返して,各binにおいて試行平均をする.これをRaw-Joint- PSTHと呼ぶことにする.また,これを定式化すると以下のように表すことができ る. = 1/K Σ nij(k)(u,v) このとき各binの中の値は0から1の間の実数であることに注意しておいてほし い.このJoint-PSTHには,二つのスパイク列のスパイク発火の時間的な関係性に ついてすべての情報が入っている。たとえば,縦のスパイク列と横のスパイク列 で同時発火するスパイク列が多いと対角線上に1に近い値が多くなり二つのスパ イク列はほぼ同時の相関があることがわかる.その対角線から少し離れていくと 時間遅れは大きくなっていく.すなわちJoint-PSTHでは,二つのニューロンの スパイク列において試行時間での任意の異なる二つの時点のスパイク相関を2次 元的に視覚化したものである.  Joint-PSTHの左下から右上への対角線上のbinは,ほぼ同時の発火を表して いるので図のようにbinを取ってbin内の値を加算すると,ほぼ同時刻の発火の時 間変化を表すヒストグラムができこれをPST Coincidence Histogramと呼ぶ。 PST Coincidence HistogramではCross Correlationでは見ることのできなかっ た同時発火の相関の時間変動を見ることができる. Joint-PSTHもCross Correlationと同様に刺激性相関と神経性相関が含まれて いる.Joint-PSTHは各bin内の値が0から1までの確率で表されているために Shufflingと同様の操作を以下の方法で行うことができる.         ~Nij(u, v)= これは,二つのPSTHが独立と考えた場合,二つのニューロンが同期する確率を 表している.生のJoint-PSTHよりこの刺激性相関を除けば神経性相関が残る.  これによってできるJoint-PSTHには生の時と同様にPST Coincidence Histogramを作ることができるがこれで見える変動は,本当の神経性相関の変動 であるかもしれないし,PSTHで示されるような発火率の変動に依存しているか もしれない.真の相関の強さの変動を得るためには適切な規格化が必要となる. Aertsenらは,シミュレーションにより発生させたスパイク列の解析から,経験 的に以下のようにPSTHの標準偏差の積による規格化を提案した。        ~Sij(u,v)=si(u)sj(v) ={Dij(u,u)Dij(v,v)}1/2 この標準偏差でDijを規格化する.        Cij(u,v)=D(ij(u,v)/{Dij(u,u)Dij(v,v)}1/2  最近伊藤らは規格化の問題には原理的な問題点が存在する事を指摘した(Ito & Tsuji 1999)。(PPT. P5,6図) B.Unitary Event Analysis 非定常性を扱うもう一つの方法としてUnitary Event Analysis (Riehle et al. 1997) がある.同時記録のN個のニューロンのスパイク列をJoint-PSTHと同 様の手法で各々の項が1または0になるようにBIN幅を設定したN次のPSTHを求 める.帰無仮説として各々のスパイク列は独立であるとすると二つのスパイク列 が同時に1である可能性は各々の発火の確率の積となる.あるbinから前後に+/-T/2 の範囲内にneuron1とneuron2のペアが同時に1になる個数を求めその個数を、 時系列の最初から,最後までプロットする. neuron1とneuron2の発火率を各々 が+/-T/2の範囲内で1となる数を同範囲のbin数で除すことさで計算でき,その積よ りneuron1,neuron2が同時に1である確率が求められる.また、ポア ソン分布と 考えると95%の確率で有意である範囲が決定される.その範囲を超えたところの BINにはいっているペアをすべてハイライトする事により,視覚的にどの部分に有 意の相関があるのかがわかる.  問題点としてはポアソン分布の仮定が本当に有効であるかどうかわからない 点、発火率が高い部分が有意になった場合はハイライトのペアが多数になるがそ の中には偶然にペアになるものの割合が多くなる,ハイライトのものがすべて同 期しているわけではない.  この方法は有意の検定はできるが同期の強さを数値 化できない.(PPT P7.図) C. Gravitational Clustering  多数のニューロンの相関を多対問題として考える解析法としてGravitational Clustering(Gerstein 1998)がある.N個のニューロンがあり,N次元空間を用意し, 各々のニューロンに対応するパーティクルを作る. パーティクル間の距離が ニューロン間の相関を表す。帰無仮説としてニューロンに相関がないとして各々 のニューロン間の距離は等距離におく. i番目のスパイク列に図に示すようなスパイク後にチャージをつけたものを作り Qi(t)とする。i番目とj番目のパーティクルの間にはQi(t),Qj(t)の大きさ に応じた引力が働く。         fij(t)= Qi(t)Qj(t)r^ij  スパイク列のチャージの大きさにニューロンが同時に発火したときには二つ のニューロン間に引力が生じニューロン間距離が小さくなる.jに関してすべての Nで加算する。        fitot(t)= Qi(t)Σ[Qj(t)r^ij] コネクションのある平面ではパーティクルの距離は小さくなるがコネクション のない平面では距離は小さくならない.(PPT P.8図) 上に挙げた3つの問題点 1) 発火率が異なるようなスパイクデータ間での相関の強さの比較のための定 量的な議論(規格化の問題)があいまいである。 2) 試行時間内で相関構造が非定常性を示す場合に、時間平均操作は不適切な 結果を導く。 3) あくまでも二つのニューロン間の相関しか視覚化できない(多体相関構造 の視覚化の必要性)。 はすべて難題であり、現在までのところ十分に満足できるものは提案されてい ない。最近の15年間ぐらいにわたり、世界中で多くの研究者がスパイクデータの 更に有効な視覚化法を目指して研究しているが、少なくともヒット作と考えられ るものは、すべてGersteinやAertsenから出されていることは評価すべきであ る。彼らのこの問題に対する関心の先見性および本質の理解の的確さは、システ ム的な神経科学を目指すものにとっては把握しておくべき事である。 4. おわりに  多細胞同時記録の技術の進歩により、100個レベルのニューロンのスパイク活 動の同時記録も不可能では無い状況である。しかし、この膨大なデータの洪水か ら何の特徴に着目して、脳の情報処理メカニズムのシナリオを作っていったらよ いかは、誰も知らない。これは、「ニューロンのスパイク発火の何に、情報が符 号化されているのか」という問題に対する答えが明確でないからである。実際に は決して知ることのできない脳内ネットワークの活動状態の全貌を、測定された 一部のニューロンのスパイク活性のみを用いて逆推定する問題は、明らかにユ ニークな解が求まらない不良設定問題である。この問題に対する唯一のアプロー チは、何らかの拘束条件を研究者自らが設定して解の範囲を限定して、可解な逆 問題へと変換する事である。この拘束条件こそが、脳の情報処理に関して我々が 設定する作業仮説、パラダイムであり、データ解析の本質は研究者が設定したパ ラダイムという色眼鏡を通してデータに含まれる情報を縮約し、脳内の現象を解 釈していくという主観的な作業にほかならない。設定したパラダイムとデータ解 析の結果との論理的整合性からパラダイム自体も改良されていく。成熟した科学 分野においては近代科学が構成してきた合理主義的オリエンテーションに従った 論理の階層構造化により、巧みに研究者の主観はできるだけ対象から遠方に位置 するように設定されている。しかし、未だ全く組織化されていない脳のダイナミ クスの解析に関しては、本来不可避である研究者の主観が対象のすぐ近くに存在 してしまうのである。今後、多細胞同時記録により多細胞データの洪水に溺れ流 される中で、我々はいかなる論理システムを構築して脳を理解していけば良いの であろうか?これは、我々の世代に課せられた、困難だが非常に興味ある問題で ある。 5. 参考文献 Aertsen, A.M. 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