総合討論Cグループ講義録 レポーター:山本憲司 _______________________________________________ 記憶形成の脳内ダイナミクス -側頭葉の記憶形成と保持について- 小林伸一、坂谷智也、菅生康子、松本有央 どのように視覚情報は記憶に置き換えられるのだろうか。記憶の保持固定の過程 において、視覚認知に関わる大脳皮質TE野で活動する細胞数が(1)減少する (2)変化しない(3)増加する場合、細胞集団の活動度は(1)減少する(2) 変化しない(3)増加する。(1)、(3)の場合、TE野は記憶の保持に何らか の役割りを果たすと考えられるし、(2)の場合、TE野は記憶保持には関わらな いと考えられる。サルに単純な図形1つと複雑な図形複数を記憶させる(図形と saccade眼球運動の方向を対応づけてrewardingし記憶を促す)。単純な図形とし てはすぐに記憶できるものを、複雑な図形としては記憶に1週間程度かかるもの を用意する。日々の記憶task終了後に麻酔下のサルの眼前に各図形を提示し、 TE野をoptical recordingする。単純な図形に対しては記憶task開始日の記録時 から図形を記憶できている状態の活動度が記録でき、複雑な図形に対しては記憶 task開始数日後に図形を記憶できている状態の活動度を記録できると予想される。 単純な図形に対するTE野の活動度をthresholdとして複雑な図形に対する活動度 を記録し日々の変化を観察することで、記憶前後で活動度が(1)減少する (2)変化しないか(3)増加するかが分かる。 質問(田仲):単純な図形と複雑な図形は、視覚刺激自体として異なる。よって、 単純な図形に対する活動度を基準にして複雑な図形に対する活動度を図るという のには無理があると思うが。 答え:その問題を解決するには、次のように2段階の記憶taskを行えばよい。 まず、複数のサルの顔をそれぞれsaccade方向と対応づけて記憶させる。Task開始 数週間後に、ある一枚のサルの顔だけはsaccade方向の対応は変えずに、他のサル の顔は別のサルの顔とし新たにsaccade方向との対応付けを学習させる。対応づけ を変えなかったサルの顔は既に記憶した状態にあるが、新たに加えたサルの顔は 数日して記憶していくと思われる。前者を提示したときのTE野の活動度を thresholdとし、後者を提示したときのTE野の活動度を記録する。そうすれば、 視覚刺激の違いによる反応の違いは生じない。 質問(伊藤真):その場合、観察しているのは「図形の記憶」ではなく「図形と saccade方向の対応づけの学習」だと思われるが、それでよいのか。 答え:それでよい。 質問(内藤):working memory taskにおいては、刺激を何度か与えると少ない 時間内でも刺激に対する細胞の反応度が変化する。もしそのようなことがTE野で も生じていれば、どの状態がある図形に対する細胞の反応とみるかが難しくなる と思う。そのように観察している時間内に刺激に対する細胞の反応の仕方が変化 することは想定していないのか。 答え:一度記憶保持された図形に対する細胞の活動度は、毎回の図形提示に対し て同じであると仮定している。毎回の図形提示に対して細胞の活動度が変化する ようであればそれはそれでとても面白いと思うが。 質問(銅谷):大脳皮質の表現が1週間程度でどのように変化するかを調べた実 験はこれまでないと思うし、とても意欲的な提案だと思う。ただ、図形の記憶と いうよりは、運動とのリンクを学習しているタスクであると思われるが、、。 答え:記憶の保持とは違うところが重要になってくると思う。 --------------------------------------------------------------------- Dual information processing within a single layer 伊藤淳司、田仲祐介、福田竜太、山本憲司 Zipser & Lamme (1996) は、V1野の古典的受容野外("地")にある刺激が、古典 的受容野内に"図"を提示したときの細胞の活動度に文脈的修飾を与えることを報告 した。これは、V1野のみでなくより高次の領野からのtop-down的な情報処理の結果 であると解釈された。我々は、Zipser & Lammeの結果は、多層での情報処理ではな く、V1野内のみでの情報処理でも起こりうるというモデルを提出し、それを実証す る実験を提案する。ある領域の細胞外電位であるfield potentialは細胞発火より 周波数の小さい電位変化を示す。field potentialの上がり/下がりは、ある領域 内の細胞群の膜電位を相対的に低下/上昇させる。field potentialが周期的に上 下を繰り返しているとすると、細胞群の発火のしやすさの確率が周期的に上下を 繰り返す。つまり、細胞群に対して適刺激が与えられた場合、細胞群が同期して 発火/非発火するようになる。Zipser & Lammeと同じ刺激をサルに与え、V1野 のfield potentialと細胞発火を同じ部位から記録する。field potentialが周期 的に上下を繰り返し、かつ、そのfield potentialが細胞発火を引き起こすという 実験結果が得られれば、"field potential" - "oscillation"モデルが正しいこと が確かめられる。Zipser & Lammeの結果には、top-down的情報処理は必要ないの かもしれない。field potentialは隠れ層として働くといえるかもしれないし、 field potentialが細胞発火とは別な形で情報伝達に役立っているのかもしれない。 質問(中村):field potentialを実験的に固定することは可能でしょうか。 答え:難しいでしょう。 質問(酒井):Zipser & Lammeの実験と"oscillation"とは関係があるのですか。 答え:top-down的な情報処理は必要ないのではないかという例として取り上げた。 質問(酒井):local field potentialで図と地の違い(Zipser & Lammeの実験) の実験結果が再現できるということですか。 答え:そう考えます。 質問(酒井):V1野に適刺激方向が異なる細胞が狭い範囲の中に存在すると思うが、 ある範囲の細胞が発火しやすくなるということは、それら色々な方向に適刺激方向 をもつ細胞にlocal field potentialが影響してしまって図と地の違いを分けるこ とにはfield potentialは向かないのではないかと思うが。 質問(岡田):例えば同じretinotopyのを全部enhanceするのも必要ですよね。 問題はLammeのはシャープに切れているということが僕自身面白いんですけど、 field potentialというのは細胞群の活動の積分効果のようなものをみているん ですよねえ。隠れ層という話がでたんですけど、ピクセル程度の解像度がないと いけないのでそれはちょっと無理かなあと思うですけど、本当にfield potential がoscillationみたいなことをしているんですかねえ。 答え:V1でそういうことがあるのかなあということでZipserの実験を基にして論 じてみたいと思いまして。 質問(井上):local field potentialの役割を調べるために、海馬に脳波と逆位相 で微小電気刺激を与えてMorrisのmazeをさせたが、何も影響はなかった。 ----------------------------------------------------------------------- New approach for dynamically firing structure of single neuron 坂田秀三、畠山元彦、深井英和、山本純 全ての試行で細胞発火を加算平均するという解析方法では、細胞のもつ情報を 見落す可能性がある。細胞発火のもつ情報は"dynamical assembly"で運ばれ、 その情報の"影"が単一細胞の発火にも現れていると仮定する。かつ、細胞発火の もつ情報の"枝"は時間とともに"分枝"し、最終的にどのような情報の"pathway" をとったかによって、細胞発火は情報を表現すると仮定する。このような形で 情報が表現されているとした場合、(1)statistical (or information theoretic) な方法、(2)neural networkを使う方法、(3)Triplet Template Matchingを 使う方法で、その解析が可能になると期待できる。情報が"pathway"を形成すると 期待される実験系として以下のものを提案する。ラットに聴覚視覚弁別課題 (audio-visual discrimination task)を行わせる。高い音、低い音、右の光、 左の光で、計4つの刺激パターンが存在する。聴覚、あるいは視覚に注意を向 けるようにtaskを組むことで、まず細胞発火のもつ情報は2つに分枝する。そ の後に、高い-低い、右-左で更に2つに分枝すると期待できる。細胞活動を記 録する部位として海馬が考えられる。 質問(中村):試行をいくつかのphaseに分けて短時間で自己相関をとったとき に時系列で変化しているというようなことをイメージしているのか。 答え:そうです。ただ、それをどのように解析するかが問題なのですが。 質問(伊藤真):細胞発火にノイズはないと考えるのか? 答え:template matchingで解析するときにはノイズはないと考えている。しか し、あるビンの中での加算平均というような操作が必要なのかもしれない。 質問(藤井):この時代にsingle neuronで何か言っていこうというのは勇気の ある発言だし面白い。 質問(加納):"Triplet" template matchingの役割を教えてください。 答え:情報が周期的に同じ発火をするような形で表されていて、単一細胞でもそ のような形で情報が表されていれば同じ発火パターンが繰り返されている可能性 がある。population codingでもdynamicsを含んでいるとすると、単一細胞発火 をみることでも何かいえてくるのではないかということを考えている。 質問(岡田):technicalなことですが、template matchingをしようとすると計 算機が爆発するのではないですか。 質問(伊藤浩之):template matchingの論文はありますよ。力技でやっていま すよ。 質問(井上):うちの研究室でもtemplate matchingはやっていました。考え方 としては昔からある。 質問(田仲):templateを見つけ出すことが難しいということであれば、バース トしている細胞だけにサーチ範囲を絞るという手もあるのかもしれない。 質問(岡田):結局、モデルベースということですよね。 質問(酒井):バースト性のニューロンであれば見たら分かる。 質問(田仲):ヒストグラムを作るにしてもバーストしている細胞だけしてみた ら何か分かるかもしれない。