タイトル:側頭葉ニューロンの視覚刺激に対する応答の情報量解析 - 情報表現の時間変化 - 講  師: 菅生 康子 レポーター:久保雅義、加藤英樹  (タイトル OHP)  私は今回、サルの側頭葉のニューロン活動を、顔を見せたときの応答からとり その情報量解析を行ないました。そのとき情報量の解析の方法などについて、自分 の研究を中心に詳しく話をしようと思います。  (OHP)  脳の中で視覚の情報がどのように処理されているのかについては、午前中に佐藤 先生が非常に詳しくお話しして下さいましたが、私たちの見ている視野の、右視野 は左の半球で、左視野は右の半球でそれぞれ外側膝状体を通って視覚一次野に到達 します。視覚一次野では非常に受容野が狭く、線や傾きおよびある一定方向の動き などに対して特異的に反応するニューロンが報告されています。それから下部側頭 葉などに行きますと、もっと複雑な形に反応するニューロンが報告されています。  (OHP)  私はその視覚野でも、視覚情報の最終段階の処理をしている側頭葉でニューロン の応答を記録したのですが、そのときに用いた視覚刺激は顔です。顔は、人間のコ ミュニケーションにおいて非常に重要な役割を果たしているのは自明なことですが、 それはヒトでもサルでもそういうことが考えられます。顔という、視覚パターンと して非常に複雑な刺激から、個体とか表情といった情報をどのようにニューロンの 反応から引き出せるかどうかを調べました。  まずサルの表情を見ていただこうと思います。(VTR)今サルが「クー」と言いま したが、これはサルが他の個体を呼ぶときの顔で、主に子サルが親サルを呼ぶよう なときに見られる表情です。(VTR)これはややサルがイライラしていまして、その ようなときに「キーキー」という声とともにこういう表情をします。(VTR)これは サルが怖がっているときの表情で、実験者がこのときはヘビのおもちゃを見せてい るときにこういう表情をしています。  サルはこのように非常に表情に富んだ生き物で、こういう顔や表情といった情報 の違いなどを脳の側頭葉の部分では如何に処理しているかを記録しました。  (OHP)  まず、顔や表情に反応するニューロンの研究は、1970年代からあります。これは サルの脳の側面で、これが内側面、それからこれはサルの脳をこのように切ったと きの断面図です。ここに上側頭溝という溝があり、視覚一次野、OA、TEO、TE、そ れから側頭葉下部のあたりが視覚連合野といって、視覚情報の処理の最終的段階を 司っていると言われているところです。顔に反応するニュ−ロンは,この上側頭溝 のあたり,そして側頭葉の下部で報告されています。 これは1981年にブル−スらが報告した顔に反応する細胞ですが,この細胞は受容野 が大きくだいたい15度あります。そこにサルの顔やヒトの顔を呈示するとこの細胞 が反応します。この縦にビッビッとなっているのが細胞(ニューロン)の action potential 所謂スパイクと呼ばれているものです。このように顔を呈示したときにス パイクが発生することが分かります。このニューロンの場合はヒトの顔から目をと ると、その反応がやや弱くなっているのが分かると思います。グリーバルの時にも, このようなガチャガチャした線にも反応しませんし,これはサルの顔をランダムに ゴチャゴチャに混ぜたものですが,それでも反応はひいています。 こういう複雑な刺激の中で,顔という特定の刺激に反応し顔のどのような情報をコ ードしているのかという問題については、1989年のハッセルモらの仕事があります。 彼らは visual discrimination taskといってある視覚刺激とそれ以外の視覚刺激を discrimination する、つまり例えばある視覚刺激ならそれに反応すると塩水がでてし まうけれどもそれ以外の視覚刺激だったらレバ−を押すとジュ−スが出てくるとい うようなタスクをやらせています。見せた顔は,この3個体で3つの表情を見せて います。このとき彼らは個体の違いに反応するニュ−ロンや表情の違いに反応する ニューロンを発見しました。これらの刺激を1秒間呈示して,そのうちの呈示後 100 〜600 m 秒の間のニュ−ロンのスパイク数を解析してこのような結果が得られてい ます。これは表情が C と小さい p と大きな P というような表情です。LL, ML, MM というのはそれぞれこちらの刺激の個体になっています。このニュ−ロンは,個体 の違いにかかわらず,表情の C という普通の顔に対して反応の大きいものです。こ のニュ−ロンの MM は少し違いますが, LL と FF という個体に関しては、P と いう口を大きく開けた表情に対しては反応するけれど、普通の顔や少し口を開けた 顔に対しては反応が弱いというものです。 こちらの右側の2つのニュ−ロンは表情ではなく,個体によってニュ−ロンの反応 を変えるものです。この場合では,MM, LL, FF と個体によってニュ−ロンの反応が 小さい・中くらい・大きい となっています。この下のニュ−ロンでは個体の LL に 対してはどんな表情でも反応しませんが,MM と FF に対しては表情が何であって も反応していることが分かります。そしてこれらの表情の違いを反映して応答する ニュ−ロンや個体の違いを反映して応答するニュ−ロンは分布が違うということを 報告しています。つまり先程の上側頭溝といわれるこの溝の部分の上下の溝のとこ ろには表情の違いを反映していると思われるニュ−ロンがあり、もっと下の側頭回 の部分には個体の違いを反映していると思われるニュ−ロンが分布していたと報告 されています。  質問者:その 0 の response が何でマイナスなのか?  0 というのは自発発火状態です。つまり抑制がかかっていると考えられます。 (OHP)この ヤング・山根 の 1992 年の報告でもサルの側頭葉でニュ−ロンの応答の 記録を行い、ニュ−ロンが顔の形の違いをコ−ドしていると報告してあり、 これがそのデ−タです。彼らがサルにやらせたのは face discrimination taskといい, 文字になっているものは全部顔ですが、全部で 30 ある顔を見せています。 そのうちこの3つを,サルが識別するようにトレ−ニングします。 サルがまずスイッチを押すと顔が 600 m 秒でてきて1秒ブランクがあります。そ のあと緑のスポットが 1200 m 秒出てくるのですが、こちらに出てきた3つの顔が でてきた時にはこの緑のスポットが出ている時にスイッチを押す。また他の顔が出 てきたときは緑のスポットが消えてからスイッチを押すことをトレ−ニングさせま す。 その刺激呈示後,100〜600 m 秒の下部側頭葉のニュ−ロンの発火頻度を解析して MDS をかけると,このようにこちらの図面上には髪の毛のあるなしのようなものを コ−ドし、真ん中に来るほど顔が細長くなって左右が顔が丸くなっているのが 分かると思います。この様にニュ−ロンの集団で顔の形をコ−ドしていることを 報告しています。 サルの下部側頭葉では顔の個体や表情の情報および顔の形の情報 などの処理をしているのではないかということが分かってきているのですが,これ らの報告ではすべて刺激を呈示したときの平均発火頻度を見ています。 (OHP) 平均発火頻度は、ある期間の中に何回スパイクがあったかを表わしますが、 実際にこういうデ−タを見ると分かるようにやはりこの期間すべて一様にスパイク が存在するわけではなく,その中にスパイクの密度の濃いところと薄いところの 偏りがあるのか分かると思います。 私たちはニュ−ロンの顔に対する応答の時間的 なスパイクの変化,スパイク数の変化というものを解析することにしました。 (OHP) 私たちが行った研究は側頭葉の単一ニュ−ロンが顔に表れている複数の情報 つまりサルであるとか、どの個体であるとか、どういう表情をしているかという 複数の情報を時間的にどのようにコ−ドしているのかを調べることにあります。 サルのいろいろな表情や個体の顔に対してどのように側頭葉のニュ−ロンが応答を 変えるのかを調べるためにニホンザル 2頭を使ってそれに注視タスクというただ視 覚刺激を見ていればよいというタスクでニュ−ロンの応答を記録しました。 その時に静止画像を 350 m 秒間呈示しました。注視タスクの一回のトライアルは 次のようになっています。サルがスイッチを押すとサルの目の前にあるディスプレ イの中央に赤い点が現れます。この点をサルが注視し始めてから 600m 秒後に 250 m 秒間ブランクがありその後,顔が 350 m 秒間呈示されます。 その後さらに再び赤い注視点が呈示されその色が 500 m 秒〜1250 m 秒の間の ランダムな時間間隔で青い色に変わります。サルはその色が変わったことを detect してスイッチから手を放す。そうすると報酬としてジュ−スが与えられるというタ スクです。ブランクの期間や顔が呈示されている期間など注視点の出ていない期間 がありますが,この時にもサルは注視点が写っていった場所,つまりそのスクリ− ンの中央付近を見つめていることが課せられます。ちゃんとサルが注視しているか どうかはCCD カメラを用いた視線位置計測システムで計測していて,1度でもサル の目が中心から外れたら白にしてそこでタスクを終わりジュ−スなしでまたスタ− トに戻るということになっています。その時に側頭葉のニュ−ロンの細胞外記録を 行いました。  質問者:最後のランダムに消すのは、何のためなのですか?  ランダムにしてないとサルが真面目にタスクを行わないからです。いつも同じタ イミングで切っているとすっかり注意力が散漫にり途中で眠ってしまいますので、 そのようなことをしています。この 350 m 秒間に色々な顔や視覚刺激を見せまし た。 (OHP)  これがサルの顔です。初めて見るとこれが本当に1匹のサルの顔なのかと思うか もしれないのですが,こちらに答えが並んでいます。 1頭,2頭,3頭,4頭の顔 です。 縦方向に表情が並んでいて,これが普通の表情,これが先rルどの他の個体を呼ぶ といった口を丸く開けた顔です。それからこれが少しおびえているとき になる大きく口を開けた顔で、一番右側が叫んだり威嚇したりするときになる 口を中くらいに開けた顔です。(OHP とスライド)  これがヒトの顔として使ったものです。ここに個体が並んでいてこちら 側が表情になっています。ヒトは、普通の顔と笑った顔,それから驚いた顔,怒っ た顔を使いました。 (スライド)  それから顔以外のものとして非常に簡単な図形を使いました。丸と四角で色は赤, 青,緑,それから肌色と茶色になっています。肌色と茶色に関してはサルの顔から とってきたものです。 これらの視覚刺激を呈示したときの記録部位ですが,こちら がサルの頭の側面,ニホンザルです。 この断面がこちらです。記録をしたのは下部 側頭葉でもかなり前の部分でこの STS 側頭溝といわれる溝の上壁,それから下壁そ れから側頭回の部分で行いました。電極は頭の上の方からこのように挿入している のでこのような記録の場所になりました。 全体として2頭のサルの両半球,4半球 から記録を行いまして,1874 個のニュ−ロンの活動を単離しました。 そのうち, 刺激に対して応答を調べてみたところ,158 個のニュ−ロン,約8 % が先ほどお見 せしたヒトの顔,またはサルの顔のどれか1つに反応しました。反応したとは、顔 を呈示する前の平均発火頻度の 2 SD を超えれば反応したと判断しています。 この158個の顔に反応したニュ−ロンのうち,86個を定量的に解析しました。 なぜ 86 個を解析したかというと,1つの顔に対して1回の反応しかとれなかった 場合には統計的な解析ができないので,1つの刺激に対して4回以上のトライアル でニュ−ロン応答の加算がとれたものを解析にかけています。 (スライド)  これが 86 個のうちの1つのニュ−ロンの応答の例です。一番上に呈示した視覚 刺激がありその下がニュ−ロンがどう応答したかを点で示してあります。この太い 黒い線のところで顔を呈示しています。その下はスパイク・ラスター・プロット, スパイク・デンシティ・プロット(スパイク密度関数)で上のこのラスター・ プロットのヒストグラムに 12 m 秒のガウシアン・フィルタをかけたものです。 これから分かるように,このニュ−ロンは呈示した全てのサルの顔に対して反応を します。しかし,ニュ−ロンの反応のパタ−ンは,表情によって違うことが分かり ます。このニュ−ロンの場合では,大きく口を開けた顔に対しては刺激呈示期間 中,持続的に反応しておりますが,普通の顔や口を丸く開けた顔などにはその反応 が一過性に終わっていることが分かると思います。 (スライド) これは同じニュ−ロンのヒトの顔に対する反応です。このニュ−ロンはヒトの顔 に対しても反応しました。ヒトの顔でも口を開けた顔に対してはやや強く反応して いるかな,という感じはありますが,はっきりした傾向は分かりません。 (スライド)  しかし,このニュ−ロンは,図形に対しては殆ど反応しませんでした。このニュ −ロンの発火のパタ−ンを刺激について分類してどのような情報が含まれているの かを解析しました。解析は,単一ニュ−ロンの応答が刺激を分類する情報をコ−ド しているのかどうかを情報量の経時的変化というものを用いて計算しました。まず, 情報の分類ですが,今回は2段階の分類を行いました。1つはグロ−バル・カテゴ リ−といって,サル,ヒト,図形というカテゴリ−です。他の4つのカテゴリ−は, ファイン・カテゴリ−で、サルの顔とヒトの顔を個体や表情によって分類したもの です。これではサルのどの個体(1番、2番、3番、4番)が普通の顔,口を丸く 開けた顔,大きく開けた顔,中くらいに開けた顔のどの表情かに応じて、情報量で 解析を行いました。 (スライド)  (OHP)ニュ−ロンの応答に照らし合わせて考え,そのニュ−ロンの発火頻度 で刺激を分類できるかどうかを計算しました。例えば2種類の表情で発火頻度が 表情1では大きく,表情2では小さかった場合には発火頻度から表情を2つに分類 できます。このとき最大2つに(0か1かの2つに)分類できるわけですから,最 大値の 1 bit になります。  また表情1でも表情2でも発火頻度が変わらなかった場合には、発火頻度から表 情を分類できないので最小値の 0 bit をとります。 実際にはニュ−ロンの反応 はこんなにはっきりしていませんから、最大値と最小値の間のどれかの間の値をと っていくわけです。 情報量の経時的変化を計算することによってどのタイミングで 何の情報を処理しているのかを解析しました。相互情報量を計算しましたが,それ は刺激のエントロピ−からニュ−ロンの応答があった時の情報量を引いたものとし てこのように形式化をしました。 まず,ニュ−ロンの応答の R に何を用いるかと いうことですが,私たちの場合はスパイク数を用いました。 情報量の計算方法です が,ニュ−ラルネットを使った方法などもリッチモンドらにより開発されています が,今回の場合は直接この式から計算を行っています。直接行っている理由はスパ イク数からその情報量の有意性の検定をしたいという目的があるからです。   (OHP)→(スライド)  ニュ−ロンの反応が分類の情報をコ−ドすると考えられるので,まず分類ごとに ニュ−ロンの反応をまとめました。先程のニュ−ロンついて、グロ−バルカテゴリ −でサルと図形というようにニュ−ロンの応答をまとめました。ここでサルとヒト に対しての応答と図形に対しての応答が全く異なっていて、刺激呈示期間全体を通 じて異なっていることが分かります。刺激呈示期間の部分は点線になっています。 サルに対する応答を表情によって分類すると,やはり口を大きく開けた顔に対して は持続的に反応が続いており、その他の顔に対しては1個体の顔で持続的に応答が 続いたけれども,あとは普通の顔や口を丸く開けた顔に対しては一過性に反応が 終わっています。  質問者:刺激の種類はランダムにやっているのですか?  そうです。  質問者:それを見て並べ替えたのですね?  はい,並び替えました。  質問者:あの横じまになっているのは並び替えた後ですね?  そうです。これは刺激ごとに一度まとめてからそれを並び替えたのでこういうふ うになっていますが,実際はランダムに見せています。    質問者:見せてる例えばヒトの顔というのは、普段の実験でも見慣れているヒト の顔を見せているのですか?  3人のうち一番上にいた1人の顔は,サルは既知ですが,下の2人は 見たことがありません。  質問者:そういうので何か反応とか変わったりしますか ?  今までとってきたニュ−ロンの中で下の2人に対して強く応答するニュ−ロンは 得られたのですが,上の1人に対してはなくて、よく見慣れているからニュ−ロン があるという傾向はまだ得られていません。  質問者:逆だということですか?  そうです,どちらかと言うと逆でした。  質問者:見せているサルの顔の方は知っているのですか?  サルの顔の方は知ってます。  質問者:先行研究でいろいろなサルの表情等を区別してそれに反応するニュ− ロンがわかってきたという話がでてましたが,それをふまえて今回,また新た に調べられたのは?    まずは個体とか表情とか一つのニュ−ロンが複数の情報をコ−ドしているのかど うかを知りたかったというのがあります。また顔という視覚刺激自体はそこから普 段私たちが種々の情報を得ていますが、それに対するニューロンの反応を時間的に 解析を行うことでニュ−ロンのコ−ドしている情報がどのように変化しているのか を知りたいというのがあげられます。  質問者:ヒトの表情に関して言いますと、サルに関しては作ったような表情で実 際に怒って見えなかったという場合には解析にもあらわれますか?  解析と言いますか,サルがヒトの表情を分類して反応しているニュ−ロンという のはまだとれてきておりません。  このように分類ごとにまとめたニュ−ロンから情報量を計算していくわけですが, 実際にどのように解析したかを示します。 先ほど呈示した相互情報量の 式で例えれば,(OHP) 刺激が2種類で,刺激回数がそれぞれ 15 回だった とします。 このとき刺激に関するエントロピ−は1 bit です。ニュ−ロンの 応答があったときに,例えば刺激1に対してはスパイク数が1あったときは2トラ イアル,刺激2に対してはスパイク数が1回あったのが 11 トライアルというよう にこのような分布をしたとしますと,ニュ−ロンの応答があったときのエントロピ −がそれぞれ(OHP)次のように計算され 0.82 ビットになります。相互情報量とし て 1 - 0.82 = 0.18 bit というように計算をしていきました。情報量の経時的変化を どのように求めたかといいますと,50m 秒間のウインドウを,刺激呈示開始から 8 m 秒ずつ移動して計算していきました。50 m 秒間のウインドウの中で情報量を 計算をしてそれを刺激呈示開始から 8 m 秒ごとに移動して経時的に移動して解析 を行っています。 こちら側では、上側にニュ−ロンの反応で下側に情報量の経時 的変化が示されていま。グロ−バル・カテゴリ−の情報の経時的変化では,サルの 刺激,およびヒトの刺激に対するニュ−ロンの反応はピ−クが一致しています。  質問者:先ほどの情報量の計算のときにはスパイク数を、0から1のどっちかだと 言ってましたが,50 m 秒の窓の中ではスパイクはたかだか1個しか出てないのです か?  50 m 秒の窓の中で,スパイクがいくつあるかということですね?  このピ−ク の時点では,スパイク数が0から7ぐらいまであります。実際この場合(OHP)で は,スパイク数が0カウントから7カウントくらいまで分布しています。 これは情報量がピ−クのときのニュ−ロンのスパイク・カウントで、またこれは その中で対応して分布する刺激のヒストグラムです。この場合では、 スパイク・カウントが0回から1回というところに図形が分布しており、他のとこ ろにヒトとサルの刺激が分布しています。 縦軸はトライアル数を示しています。  情報量の有意性検定は北沢らが 1998 年に Nature に論文を出しましたが,その論 文にのっとっています。つまり,それぞれのスパイク・カウントのところでニュ− ロンの応答があったときの刺激のプロバビリティ−が刺激自体のプロバビリティ− と同じかどうかをカイ二乗で検定します。 この場合では,それぞれのスパイク・カ ウントにおいて顔とヒトとサルがイ−ブンに分布していることになります。しかし, このピ−クの時点においては,p = 0.001以下でアンイ−ブンで分布していました。  質問者:それは情報量の有意性ではなくて分布密度関数の違いの検定ではな いのですか?  結局そういうことですが,これを使って情報量を計算しているので,情報量を 計算するために使っている分布の違いの有意性についても 50 m 秒のウインドウ の中でずっと計算をしていきました。  質問者:今のグラフから神経細胞の活動は0から7の活動の区分があると考えて いい わけですね。1つ前のスライドでは0か1ですね。  そうです。  質問者:今の7個のクラスに分類してこれは0の状態,1の状態,2の状態,3の 状態という感じでそのような確率分布を作りその確率分布に対して情報量を計算す るとどうなりますか? それぞれのウインドウの中でスパイク・カウントは変わりますので難しいと思いま す。  質問者:例えばあるウインドウでは7つまで発火したものがあり、別のウインド ウでは5つまでしかなかった場合は確率分布を5個のクラスに圧縮してそこでまた 情報量を決めているわけですね。  5個しかなかったら,5個でやるということになります。  質問者:P log P で要するに P は0なので log P はなくなってもよいのですか?  検定に関しては,モンテロ−ルのコレクションをかけて7個あれば 0.05 の7分の 1で検定をしています。  質問者:50 m 秒というのはどうやって選んだのですか?  50 m 秒というのは 1995 年のフェラ−らの論文に従いました。IT のニュ−ロ ンの時間分解能の限界が50 m 秒だという彼らの報告があり,私の場合でもこれよ り短いウインドウにしたのですが,その場合発火頻度の高いニュ−ロンでは 50 m 秒より短くしても情報量が出ますが,非常に短くした場合に究極的にいえば,0か1 になってしまうわけですね。それでは非常に不安定になるので,今回の場合は 一律に50m秒で出しています。 ウインドウの幅に関しては検討する必要があると 考えています。  質問者:ウインドウの幅を変えていったときに,定性的な違いはどこにあります か?狭くしていけば多分暗くなっていくと思われますが,上がっていくとか下がっ ていくとかの違いがでてきますか?  短くしていくとこのニュ−ロンではややピ−クといいますか、この幅が狭くなり ますが,上がって下がってというこういう時間的な変化は残ります。情報量を計算 するときの刺激の分布に対するニュ−ロンの応答およびその検定結果は点線と実線 で示してあり,点線の部分というのは,P が 0.05 に満たなかったものでここは有 意ではないという扱いにしています。実線は P が 0.05 以上のところです。立ち上 がりの最初の部分から実線になっています。  質問者:そうすると,右側に書いてある基準は R ごとにスパイク・カウントが0 の場合,1の場合,2の場合というようにそれぞれ検定するわけですね?  そうです。  質問者:そうすると,全部が有意だったんですか、どれかが有意だったのですか?  どれかが有意だったということになります。  質問者:なぜ検定する必要があるのですか? 別に PS バ−が R のとき PS で もいいわけですよね。そのときは相互情報量が出てこないと考えられて結論的 にはそちらの方へ考えられたらよい気がするのですが、なぜ途中で変わる部分を 計算する必要があるのですか?  カイ二乗検定をする一つの意味は,情報の立ち上がりの latency を決めたかった というのが一番の目的です。 latency の基準となるものとして、このカイ二乗検定 が有意になりはじめるところを考えています。  質問者:結果を別の視点から見て補強しようとされているのですね。本来、情報 量の有意性検定ができればいいのですが,それは難しいですね。  難しいと思います。  (スライド)  このスライドはそこで計算した情報量の時間経過およびニュ−ロンの応答の平 均発火頻度,平均の firing rate を経時的に示し比較したものです。 このニュ−ロンの平均の firing rate も同じく50 m 秒間のウインドウで計算して それを8m秒ごとにプロットしてあります。赤いトレ−スがグロ−バルカテゴリ−の 情報量の経時的変化を、黒いトレ−スがサルの表情の情報の経時的変化を示しrトあ ります。この図から、グロ−バル・カテゴリ−の情報量の経時的変化とニュ−ロン の発火の平均とは非常によく似ています。それに対してサルの表情の情報の経時的 変化は遅れているのが分かります。この横線に示してあるのがそれぞれの情報量の 有意性の検定で初めて有意であると出てきた部分です。この矢印のところがニュ− ロンの応答の latency を示しています。グロ−バル・カテゴリ−の情報の latency と ニュ−ロンの応答の latency は非常に近いのですが,サルの表情の情報の latency はそれに 40 m 秒ほど遅れていました。(スライド)  これはまた別のニュ−ロンです。このニュ−ロンはヒトには反応しますが,サル や図形には反応しません。ヒトに対する反応を個体に分類してプロットしますとヒ トの個体1と3に対しては一過性にしか反応しませんが,個体2に対しては刺激呈 示中に持続的に反応を続けるというのが分かります。(スライド)  このニュ−ロンの情報量解析の結果です。先程と同じように黄色いのがニュ−ロ ンの応答の平均の推移,赤いトレ−スがグロ−バルな情報の推移,黒いトレ−スが ヒトの個体の分類の情報量の経時的変化です。このニュ−ロンでも発火の立ち上が り部分からグロ−バル・カテゴリ−の情報がコ−ドされ,それに50m秒ほど 遅れてヒトの個体を分類する情報が立ち上がりピ−クも遅れていること が分かります。86 個の定量的な解析をしたニュ−ロンのうち 32 個のニュ−ロンが 今示した2つのニュ−ロンのようにグロ−バル・カテゴリ−の情報と、ファインな カテゴリ−,つまりサルの個体や表情,ヒトの個体や表情の両方の情報をコ−ドし ていました。その残りの中で 43 個のニュ−ロンはグロ−バルまたはファインな情 報をコ−ドしており,残りの 11 個のニュ−ロンはこの検定を行ったところ,有意 な情報をコ−ドしていませんでした。(スライド)  グロ−バルとファインな情報の両方をコ−ドしていた32個のニュ−ロンについて その情報量の経時的変化をまとめたものです。それぞれの情報を加算しています。 グロ−バルな情報に関しては32個ニュ−ロン,全てについて 32ケ−スありますが,ファインな情報の方は1つのニュ−ロンが例えばサルの個体 とヒトの個体の情報をコ−ドしていたり,というように2つ以上の情報をコ−ドす ることがありますので,全体として 56 ピ−スを加算しています。この図からも明 らかなように加算した情報量でもやはりグロ−バルな情報の方がファインな情報よ りに先行しています。 latency の平均では 51 m 秒,それからピ−クの平均でも 48 m 秒先行していることが分かります。 よって側頭葉ではグロ−バルな情報の方が 先にニュ−ロンの応答にコ−ドしていることが分かりました。  質問者:個体というのは他のものを全部足している値ですか?  はい、個体と表情を全部足しています。(OHP)これらのニュ−ロンの分布ですが, レコ−ディングした14部分のうち上側頭溝の上壁と下壁,それから側頭回の部分 に分布していて,この場合では,黄色い点が両方のグロ−バルとファインと 情報をコ−ドしていたニュ−ロンですが,主に側頭回と上側頭溝の下壁に分布して います。緑の点はグロ−バルまたはファインのどちらかの情報をコ−ドしていたも のです。 (OHP)(スライド)  まとめですが、サルの側頭葉のニュ−ロンは顔に関する複数の情報をその情報の レベルによって時間的に分類してコ−ドしていまして,グロ−バルな情報の方がニ ュ−ロンの応答の開始直後からでファインな情報,サルの個体や表情,ヒトの個体 や表情の分類はそれに約 50 m 秒遅れてコ−ドされているのが分かってきました。 この研究は電総研の山根先生,河野先生,それから東大の上野先生との共同で行っ たものです。 このようにニュ−ロンが大まかな分類情報というのを詳細な分類情報 に先行させてコ−ドしているのがどういうメカニズムでなされているのかというの が私たちの非常に興味のあるところで,神経細胞のコネクションなどもこれから詳 しく調べていく必要があると思っております。ATR の岡田先生などが非常にきれい なシミュレ−ションやモデルなどを考えておられるので、非常に期待しております。 私の発表は以上です。  質疑応答  質問者:統計デ−タでグロ−バルな情報処理とグロ−バルでないものでは時間的 に違うという結果についてですが,それは結局,1個のニュ−ロンがどういう振る 舞いをすることから出てきているのですか? まず最初,1つのニュ−ロンがあっ て刺激がくると最初はヒトか形かサルかに対してとりあえず反応していて、その後、 今度は表情などをみて反応するかどうかでテールが出るものと出ないものの2種類 があります。最初の山では個体識別で、サルがグロ−バルな情報を識別するため のもので、シッポの部分はさらに表情で例えば怒りに反応しやすいニュ−ロンだっ たら怒っている時にテ−ルがでる。そのような感じのイメ−ジでいいのですか?  最初の部分がサルであるかヒトであるか,図形であるかによって応答が変わり、 その後ろの応答はある表情に対しての応答にだけに起こる。他の表情に対しての 応答は逆に抑制されているかどうか定かではありませんが,なくなるということ になります。  質問者:その情報のレベルによって時間的に2つに分けて前後でコ−ドされてい ることを示唆する結果が出ているのですね。  そうです。  質問者:デュアル・コーディングですか? つまりニュ−ロンは、ファインと グローバルで多少anatomical な場所が離れているのでしょうか,それとも 重なっているのでしょうか?  重なっています。  質問者:つまりデュアル・コーディングと考えられるのですか? ファインの情 報はある場所のニューロン集団で行い,グローバルな情報は別のある場所にいって というようにはなっていないのですね。  そうですね。今までのレコ−ディングしてきたニュ−ロンの数について もう少し検討してみないといけないのですが,私たちが今まで解析したとこ ろでは,統計的に有意には分布は別れていません。  質問者:segregate はしていないということですか?  segregate はしていないと思われます。  質問者:一番簡単には winner takes all 的なものとして考えられるわけですね。 つまり人間の顔を見てとりあえず発火し,一番反応として残りやすいものが選ばれ てあとは全部消えるという1つそのモデルが考えられます。ファインに反応する ニュ−ロンとは、 winner takes all でみんな相互作用しあってその上で発火する ものとかんがえることができますね。  質問者:このファインの情報をコードしているものだけを抑制しているニュ−ロ ンはないのですか?  結局ファインな情報だけをコ−ドしているニュ−ロンのその立ち上がりが非常に ゆっくり上がってくるニュ−ロンがありますのであると思われます。  質問者:ウィンドウを短くしたら,スパイクカウントが0または1になることに ついてですが,その場合において例えば時系列的に0101となるものに対して情報 量を考えた場合に、もしトライアルごとに同じ結果が得られれば短期的な時間での このようなコーディングの可能性が検討できるのではないかと思うのですが?  ということは,ウインドウの幅を1m秒にして行うのですか?  質問者:今だと1つのファイン情報に対して1つの値を出しますね。1つの ニュ−ロンが5とか7とか1つの値,1つのレスポンスを出しますね。  1回のトライアルが1つのレスポンスです。  質問者:R と書いてあるのは1つの数ですが,でも別にそこはいくつかの数, いくつかの変数でも構わないわけですね。  ということは,その時系列的に0101にしたものの時間的なものを考えるのです か?  質問者:でも、もしかするとあとで違う結果が出る可能性がありますね。  質問者:取り方によって情報量はかなり変わる気がします。  絶対値はあまり信用していません。  質問者:けれども定性的に残る性質があると思います。定性的には色々なビンが 争ってもあまり変わらないと思います。  定性的には大まかな情報と詳細な情報がくっついてしまうことはないので, 差はあまりみられません。定量的に 50 m 秒としたのは,ウインドウの幅を変えて いく可能性があったからです。   質問者:必ずしもグロ−バルな情報とファインな情報が1個のニュ−ロンにコ− ドされているとみなすことはないと思います。グロ−バルからファインというのは 階層的なコ−ドなので階層的なモジュ−ルを使えばいいと思われます。例えばある ニュ−ロンは最初はグロ−バルに対して発火するけれども,処理が進んだ上の方か らトップダウンとして戻ってきて偶然それによってアクティベ−トされてしまう場 合も考えられますね。  この反応形式がでるのですか?  質問者:ファインが情報処理までいくのに時間がかかるのは,次のプロセスまで 進んでそこからまた戻ってきているから遅れて立ち上がる,という解釈もできる と思います。 どうしてこのようになっているかは,3つ可能性が考えられます。もともとV1 から来るときに既にそのようになっているという場合と、IT でこのようになってし まう場合と,IT に前頭葉や扁桃核などから反応が戻ってくる場合などが考えられる と思います。  質問者:3枚目のグラフで単にニュ−ロンのビットを足していったグラフが ありましたね。その情報量を足すことは,ニュ−ロンそれぞれ独立に振る舞ってい るとすると数学的に意味があると思いますが,これはそのようなことを仮定して やられているのですか,ただ単に平均的な振る舞いをやられているのですか?  ええ,ただ単に平均的な振る舞いです。独立ではないと思いますので,これはア ッパ−リミットだと思って加算をしていることになります。  質問者:実際,複数の細胞でどのようにコ−ディングされているかについての 解析はやられていますか?  それについては、まだやっていません。可能であれば本当にやりたいと思います が。  質問者:ベクトルでの情報量を考えることは可能ですか? また今回は点を見て いればいいので、顔を自分の behavior につなげる形ではないけれども,顔の discrimination とか,fixation をやらせた場合には何か反応とか変わることは あるのですか?  タスクによって IT のニュ−ロンの反応が discrimination の時と fixation してるときとで少し変わってくるとは思いますが,discrimination をこちらが 教えてしまうことでサルの認識自体に変化が起きいてしまうこともありうるので, 今回の場合は,fixation でこれから discrimination などもできればさせたいと 思っています。  質問者:動画で見せたらどうですか? どのように変わりますか?  動画では今見せていません。静止画でもこの様にダイナミックに反応が変わって くるので,動画で見せたらどうなるのかわかりませんが,非常に興味があります。 このビットをもとに動画でもやりたいと思います。  質問者:自分の表情に対して,このニュ−ロンがどう応答するのかというのを調 べられているのですか?  サルは自分の顔ではやっていません。ニホンザルは鏡に対して自分に威嚇をし て自分だということに気がついていないというのが、サルを研究している人の impression です。  質問者:そうではなくて,自分の顔を見せないで自分が怒った時の運動関連 の情報がここに影響しているのかどうか,ということなのですが。  それは筋肉の活動などを計っていないので分かりません。ただ,まだ解析をして いないのですが,瞳孔のサイズは計ってあるので,emotional な変化があった場合 にはそれを解析しようと思っています。  質問者:図形が粗いかファインかという分類もあると思うのですが,その場合に もこの概念は適用できるものなのですか?  先ほどの丸か四角かとか色などについて同様の計算をするとこのようにきれい には別れず、ばらばらになります。立ち上がりの最初に図形に反応するものでは 立ち上がりの最初から色の情報コ−ドしていたりするので適用は困難と思います。  質問者:そうすると、ラフかどうかは恣意的ではないですか? もっと複雑な図 形で主成分空間で正確にラフかファインかを区別することはできませんか?  そう様な場合の情報量解析した結果はありませんか?  いまはまだやっていません。  質問者:グローバルの範囲というのは,概念上の話で、サルか人間か決めたこと ですけれども,空間的な意味でもやはりサルの顔と人間の顔とは特徴量として 大きな意味で違うと思います。表情のタスクでは非常にグローバルかつ空間的な 変化が小さい時に反応する必要がありますが,その場合に今回の話からだけでは どちらをコ−ドしているのかは必ずしも明確ではないと思います。つまり大きな 特徴を捉えてから細かいことを見るという解釈が成り立つかどうかは明らかでは ないと思います。また例えば図形の区別をするような課題で全体を見ればすぐ区別 できるものと,細かいところまで見ないと区別できないものについてはどの様に 考えられますか?  それを確かめるためには非常にパラメ−タのはっきりした刺激で調べる必要が あると思いますが,今のところでは両方の解釈が成り立つと思います。  質問者:逆の方も大事ですね? つまり,ロ−カルだけ見ていると大まかな 概念に関与していて、グロ−バルはむしろサブカテゴリ−になっているという 可能性ですが。  (笑)困りましたね。  質問者:顔のようにコンプレックスな図形を見せた場合に,例えばサルの個体差 とかで見ていく順番とかはどの様になっていますか? 例えば,見せられた瞬間に 最初に目をみて,鼻をみて,口を見るという順番についてですが。  この場合はサルは顔を見せられていても注視点があったところのあたりを常に 見なくてはいけないので,サルは目は動かしていません。動かすとニュ−ロン の反応の立ち上がりがばらばらにずれてきます。  質問者:fixation point のところにあるのは、今回の実験では顔のどの辺ですか?  センタ−です。だいたいサルの鼻のすこし上くらいです。