タイトル:環境に適応し、未来を予測する視知覚システム 講  師:西田 眞也 レポータ:渡邊 紀文      橋本 幸紀      森岡 涼子 内容: アウトライン ここでは順応現象という話をメインにする。 順応現象というものがどういうものであるかということについて、いろいろデモ を見て、あまり視覚の分野になじみのない方にもわかるように紹介する。 そして、その運動の順応現象を用いて、その後に運動視システムを解析する。 いろんな事が順応現象を見ると運動視システムの構造がわかる。その中では今回 のテーマである階層性や並列性、トップダウンからの修飾効果がどういう風にな っているかという構造がある程度順応現象という切り口からいろいろわかってく る。 それでその後は順応現象の中の運動残効というものを用い、モジュール間という か、運動情報と形態情報そして位置情報の相互作用についての話をする。 結論としては運動情報による未来の予測を示します。 古い話だが、知覚系が環境に適応するという事を考えるといろいろなレベルがあ る。もちろん系統発生的な進化の中で環境に対して適応していくということがあ るし、個体発生のレベルでも生まれた段階でまた生まれる前から学習が神経回路 の形成に関わってくるといわれるし、それ以降の幼少期での環境に対していろい ろ情報にさらされることによって、神経回路ができあがってくるという可塑性が ある。 それでもう少し我々が日常的に体験する場面としては、知覚学習みたいなものが ある。これは「ある知覚のタスクを1万回くらいとか1ヶ月くらいやるとどんどん パフォーマンスがよくなってそれがどうも神経の可塑性と関わっているようだ。」 という話しである。 もっと近い話しというのが順応となり、それはかなり短期的な環境に対する適応 現象との発現が順応という現象。 具体的に言いますと同じ刺激を知覚し続けるとその刺激に対する感度が下がった り、反対の方向に知覚がゆがんだりということである。 "色の残像のスライド" これは単純な例であるが、たとえばここをじっと目を動かさないで、ここを10秒 見つめてみる。1,2,3,4,5,6,7,8,9,10でこっちに目を飛ばすと、 これの反対側の色、色の補色関係が見えてくる。これがどうやって起こってくる のかについて、私は錐体とかその辺で起こってくるのかと思ったが、最近の知見 では網膜の神経レベルでゲインコントロールが起こっているのが原因らしい。実 は最近この辺がわかっていない。 "方位残効:順応のスライド" 真ん中を見て、画面が切り替わると全部垂直のガボールパッチに切り替わる。全 部垂直になったときにどういうふうに見えるかと言うことである。 ここをじっと見つめて、5,4,3,2,1。 多少いがんでいるように見える。今まで見えていた方向と反対側に見える。これ が方位の残効。 "大きさ(空間周波数)残効:順応のスライド" 次は空間周波数だが、これも同じようなロジックで、粗いの細かいの粗いの細か いのを見た後に同じ粗さのものを見たらどうなるか。 あまり強くはないが、物理的には同じ粗さだが、粗さによって反対側に見える。 皆さんご存じのようにV1にある細胞は方位とか空間周波数のセレクティビティが ある。そのセレクティビティによって順応すると、反対側に見えるという基本原 則がある。 運動についてやると、 まず真ん中ををじっと見て、その後に何が見えるかというと、薄いコントラスト が右側に動いているのものが見える。じっと見た後右と左に動いているのもが上 と下に同じ方向に出てくる。その時におそらく上の方が薄く見えて、下の方がよ くみえる。今まで見ていた方向と同じ方向の運動が見えてくるとそちらだけ選択 的に見えなくなる。 これが運動の1つの残効の典型的な例 それ以外にもっと皆さんがご存じな残効の例があって、 また真ん中をじっと見て、 止めると空間が反対側にゆがんで見える。 真ん中をじっと見て、止めると、ゆがんで見える。これは止まっている方が反対 側に見える。 もう一つ、これもよく見るもので、これは後の私の後の話に関わってくるのだが、 テスト刺激は位相反転(格子パターンを)コントラストをただ反転しているだけだ が、物理的には右へ行っても左にいっても構わないが、それが今まで見えていた 方向と反対側に見える。このように運動の残効がいろいろある。 今の論が成立すると、始めに見せたのが「運動方向選択的閾値上昇」で、これは よく出てくるプロットだが、横軸が空間で縦軸が時間。だから、縞模様が右に動 いているときは縞が斜めになっている。こういう刺激を見た後で右方向と左方向 の刺激を見て、「どちらの方が低いコントラストで見えますか」ということを調 べる、今まで見ていたのと同じ方向だけ選択的に見え方が悪くなる。運動方向に 選択的に閾値が悪くなる。 2番目の方が通常運動残効といわれるもので、動いていたものを見た後で止まって いるものをみると、それが今までとは反対方向に見える。 これが静止運動残効(テスト刺激が止まっている)。 これは先ほどのフリッカーであるが、時間に対して(右方向の運動に対して)位相 反転(時空間で書くとコントラストがオルタネーションしているパターン)をみる と、今までとは反対方向に動いて見える。 それで運動残効の仕組みだが、これはいろいろなところで見られたと思うが、例 えば人間の頭の中には右方向の運動や左方向の運動など特定の運動方向に対して 発火する細胞がある。それらをチューニングの関数として左向き、右向き、静止 として赤、白、緑で現すと、例えば止まっている刺激は、止まっていることに応 答する細胞がたくさん応答し、右向きや左向きに応答する細胞は応答しない。順 応するときに右向きに応答する細胞に強い刺激を与えると、順応によって右向き の応答する細胞のレスポンスビリティが下がる。それは疲労しているのではなく て順応しており、感度が下がる。そうすると今度同じ止まっている刺激を見せて も、右と左で応答のバランスが崩れる。 順応現象というのがどんなものかということを考える必要がある。順応現象を考 えるのに大きく分けて2つの方針がある。1つは順応現象自体にどんな意味がある のかということを考える。順応は非常に適応的なプロセス。例えばダイナミック レンジの調整というものがあり、これはBarlow(1990)の論文にあるように、強い 刺激が入るとそれに対して適応するが、それに対して弱い刺激が入ると見えなく なる。なぜ弱い刺激が見えなくなるかというと、世の中にある刺激は強いものだ ということを神経が勝手に考える。それに対してプレディクティブにダイナミッ クレンジをシフトしてそこでオプティマルしようとすると、裏切られて弱いもの が出てくると、それは見えないということになる。そう見ると非常に非適応的な プロセスに見えるが、実際は世の中で輝度の変化や明るさの変化、運動の情報の 変化というものがそれほど急激でなく、コンスタントに任意の運動が現れてくる 事態(例えば目のコードがずれているとか、車に乗っているなど)は無視してもよ い。よって実際に運動して運動順応し、その後でその近傍で速度が遅くなる時、 その辺りでどれくらい微妙に速度が変化したかを聞くと、人間は今までより感度 よく速度を伝達できる。であるから、運動残効により止まっていたものが反対に 見えるが、実際に今まで見ていた動いていた運動近傍では信号の符号化はよくな っている。 ここでは非常に抽象的な言い方をしてるが、"現在の入力分布を最適に符号化する ために、システムの特性を変化する" ただしこれが実際に順応とどのような関係があるかは未だ誰も知らない話ではある。 よって"現在の文脈によって内部モデルを更新し、過去から予想できることは折り 込み済みとして、現状からの変化の検出に全力を傾ける"ということが順応である。 それらが大きな話としてあるが、本日は順応というのもを使ってシステムを解析 しようという話をする。 "順応刺激の符号化に関わる神経メカニズムの感度低下が順応現象の原因となる" と考えると、どのように順応現象が選択性があるか(例えば同じ空間周波数や方位 の刺激に順応してテストすると感度が一番悪くなる)を考えると、背後にあるメカ ニズム自体がそういう刺激に対する選択性をもっていると推論される。その考え 方は1960年から70年の終わりに出てきて、その後にV1の細胞が実際は受容野がガ ボールであるという考え方とコンバージしてきて、空間周波数チャネルというも のがアイデンティファイドされているということと、細胞の受容野の構造が一致 しているという話となった。 もう一つ運動に関しては運動方向選択性のある現象(例えば運動残効では止まって いるものが動いて見えるとか、右に動いていた時だけ感度が下がるなど)が、背後 にあるメカニズムが特定の運動方向にしか反応しないという特性を持っていると いうことがわかる。この特性を使って人間の脳の中には"運動方向選択的なメカニ ズム"があるという証明ができる。 これはPhysiologyで自分で動物に勉強させて、Direction Selectivityな細胞があ るということをいっていた人達が、それを人間で調べるときにはどういう論理を 使おうかといったときに、運動残効を考えた。 よって運動残効は、運動のシステムが人間の脳の中にあるということを調べるの に非常によい手段だということでよくでてくる。 これを使って運動システムをもう少し考えてみようということが、今回の話である。 人間が運動を見るときに、運動には一種類ではなく複数の運動の種類があるとい う話がある。 1つは1次運動と呼ばれるもので、それは輝度の流れに基づいた運動である。1次の 空間属性は1点、網膜上の1点で決まる属性だから、色とか輝度とかということに なる。 輝度の分布が移動していくことを、1次運動と言う。 それから、2次運動はもう少し高次な属性(例えばコントラスト、時間変調、テク スチャの運動)である。 これを具体的に見ると、縞模様が右に動いていくのが典型的な1次運動になる。ど ういうことかというと、輝度の分布が右へ動いていくことである。これはランダ ムドットのパターンでも同じで、ランダムドットを右へ動かすとこれが1次の運動 となる。 一方これが2次運動になるとどうなるかと言うと、ランダムドットのコントラスト の強さ自体が動くということになる。平均輝度自体は同じであっても、ランダム ドットは無相関に更新されているので、右の方向に輝度が流れているわけではな い。 また時間変調は、ランダムドットがちらついていることが、右へ動いていること を表し、時間の変調F(m)の波が右から左へ動いている。この場合も動いている属 性は時間の変化ではなくて、輝度自体が動いている。 そこで1次運動、2次運動というものがなぜ重要なのかと言うと、運動検出するメ カニズムを考えるときにそれが非常に重要になる。実際の運動検出器の受容野構 造がどうなっているかというモデルを見ると、横軸空間で縦軸時間のグラフでは、 ある種ガボールのようになり、時空間で傾いているような1次のフィルターが考え られる。これを時空間周波数次元で見ると、空間周波数と時間周波数で偏った成 分が見える。 これが90年代の直前あたりに、実際の猫の運動方向選択的な細胞の受容野の構造 を調べると、時空間で歪んでいるガボールパッチの構造が見られるということが わかってきている。 これで1次運動や2次運動がどのようになってくるかと考えると、1次運動で正弦波 が動いている場合に、リニアフィルタを時空間で傾いたオリエンテーションで与 えると、運動のエネルギー、信号がとれる。しかしコントラスト変調だと、平均 の明るさが一緒なので、このようなフィルタをかけても信号を取ることができな い。 これを周波数次元で見るとよくわかり、1次運動では受容野の信号は取りやすいが、 ランダムなコントラスト変調では、周波数次元に偏りがない。 よって問題は、このようなリニアフィルタが脳内にあるとすると、脳はコントラ スト変調を取り出すことができない。しかし我々は実際見ることが出きる。なぜ 我々は見ることが出きるのだろうという問題になる。 これには2つの考え方があって、1つは人間の脳の中には1次運動を検出するメカニ ズムと2次運動を検出するメカニズムが別々にある。もう一つの考え方は、1次運 動や2次運動のモデルに非線形性組み込めば、理論的には両方に応答するメカニズ ムがとれる。またPhysiologicalなデータもノイズが多いため、このようなメカニ ズムであるということも否定できない。よって実験的にこの2つの運動に対して、 人間が持っているディテクターが独立なのか独立ではないのかということを調べ なければならない。 そのために使うのが順応の実験である。 1次の運動に順応した後に2次の運動でテストをし、2次の運動に順応した後に1次 の運動でテストをする。これにより、もしこの2つの運動が同じメカニズムで検出 されているとすれば、1次の運動で順応した後に2次の運動を見ると感度が悪くな るはずである。しかしバラバラに検出されているとすると、1次の順応とと1次の テスト組み合わせ、2次の順応とと2次のテストの組み合わせの時だけに感度が悪 くなると予想される。なおかつ、ここでは空間周波数(縞の粗さ)を変えている。 よって縞の粗さを変え、様々な可能性を検証することで、順応とテストの間にど のような相互作用があるかを調べてみる。 結論としては、1次の順応1次のテスト、2次の順応2次のテストの時にだけ選択的 に感度が急激に上がり、それ以外条件は空間周波数を変えても反応は見られない。 よって大切なことは、メカニズムの構造は、1次の運動検出器とと2次の運動検出 器はバラバラに検出されており、別々のPath wayを通っている。 そして2次の運動検出器は、前処理で非線形のコントラストモジュレーションを取 り出す。 また2次運動に対しては運動残効は起こらない。どうして2次運動に対して運動残 効は起こらないのか? 今までは単に2次運動が運動として弱いからではないのか という議論があった。 それに対する反証が、"バンドパス刺激に対する静止運動残効"の実験である。 ランダムドットに空間周波数のフィルターをかけてそれを運動させるという刺激 である。この刺激を様々な移動距離で動かし、その時に人間がどの方向に運動が 見えるかということと、どの方向に運動残効が見えるのかということを調べた。 それから理論的に運動検出器のモデルがどのような条件でどのような予測を出す のかということを調べた。 結果は、運動残効はモデルの予測に一致するが、人間の知覚は対応していない。 "負方向の運動残効、正方向の運動残効" 具体的には運動検出器の予測からすると、運動方向は反対に見えなければならな い条件なのに、人間はその条件でそれとは反対側に見てしまう。この条件だと運 動残効の方向と見える運動の方向は一致する。これは、知覚自体は1次運動と2次 運動のいろんな成分を利用してみており、モデルの特性とはあっていない。しか し運動残効を使うと、純粋に運動検出器の低いレベルのレスポンスを取り出すこ とが出来、それだけが理論通りに出てくる。ですから、運動残効は人間の動きの メカニズムの中のある部分だけを選択的に取り出すことができる有効な道具とな る。 "2f+3f運動" これを単純化すると、人間の目には曖昧な0の運動と、右の運動を足し算すると、 左に動いて見える。しかし運動残効は、0の運動はなく、右の運動は左に見え、足 し算したものはディテクター自体が右の運動を見ていて、反対の左側に見える。 よって2次の運動成分が左に動き、1次の運動成分が右に動いているというように、 脳のモーションシステムを2つバラバラに刺激し、テスト刺激に静止刺激を与える と、選択的に低次の運動検出器の所だけが出てくる。 しかしフリッカー運動であれば、2次運動に順応しても運動残効が見える。具体的 には被験者は2次運動の反対側にフリッカー運動残効が見える。よってテスト刺激 を止めた時と、テスト刺激をフリッカーさせた時で見える運動方向が変わる。こ れが何を意味しているかというと、2f+3f運動とフリッカーの時の運動残効は同じ レベルではない。もし同じであるなら、同じ刺激に順応したときに、テスト刺激 を変えただけなら運動方向は反対にならないためである。 "フリッカー運動残効の両眼間転移は100%" もう一つ重要なテストして、右目で順応して左目でテストをするという方法がある。 これは何がいいかというと、順応が網膜上で起こっているなら、右目で順応して 左目でテストをしても何も起こらない。例えばV1レベルではあまり両眼間転移は 起こらないが、高次のレベルになると両眼間転移が起こりやすい。Staticなテス トとFlickerなテストを比べると、静止の運動残効では両眼間転移が半分くらいで あるが、Flickerのテストではある条件ではほぼ100%転移する。それではなぜ 100%転移するのであろうか。 "運動順応現象の特性" 静止の運動残効は2次運動に順応した時1次のテスト、2次のテスト両方に対して出 ないが、フリッカー運動残効は1次のテスト、2次のテスト両方に対して出る。一 方Direction Selective Adaptation(DSA)はフリッカー運動残効と異なって、2次 運動順応し、1次テストをしたときに残効が出ない。 また両眼間転移については、静止運動残効では部分であるが、フリッカー運動残 効ではある条件では完全になり、空間選択性はフリッカーでは空間周波数がなく なる。さらに時間選択性ではフリッカーでは速度が重要になってくる。 これらをまとめると "運動視システムの構造と運動残効(2)"のようになる。 1次運動と2次運動はパラレルに処理される。また左目と右目で別々に処理される。 これを上のレベルで統合して、そこで1次の運動にも2次の運動にも応答するメカ ニズムがあり、ここでフリッカー運動残効が起こっていると予想される。 "フリッカー運動残効の両眼間転移"は必ずしも100%起こるわけではない。ある条 件では100%にならない。 それは、順応刺激に注意した条件でないと両眼間転移が100%にならない。 "注意によって大きく変わる両眼間転移" 具体的には、フリッカー運動残効の両眼間転移の時には注意を向けているときに は100%転移するが、注意向けていないときには転移が40%くらいに落ちる。すなわ ち運動残効の成分の中に下のレベルの注意を向けなくても働くようなアクティビ ティと、上のレベルの注意を向けて初めて応答するメカニズムがある。よってフ リッカーの中」には2つ成分があって、高い成分は注意を向けなければ働かない。 最終的な構造としては、1次運動と2次運動をバラバラに処理して、上のレベルで 統合し、Flicker MAEは上位も下位も全てのレベルの属性を反映する。重要なこと は注意であるとか網膜位置であるとか両眼間転移などの情報をコントロールすれ ば、脳のある部分(低いレベルとか高いレベル)を選択的に取り出すことが出来る。  ごく今度はあたりまえで、今度は運動の情報が形態の情報とか位置の情報とどう いう関係があるのかということは、やはりもう一回運動残効を使って考えましょう という話です。  具体的にはどういう現象があるかというと、ごくつまらない話だと思うのですが、 ここの真ん中を見ていただくとぐるぐる回りますね。今度止めると運動残効、しま った、止めてはいけないのですね。すいません。これを止めないでしばらく回って いますと。これは垂直位置で止まるのですけれど垂直位置で止まったときに垂直に 止まって見えるかというと非常に回ると。回って見えるのだから形がゆがむわけで す。 回って見えるという運動と縦の方向であるという情報が一体どういう関係にあるの か。 もし脳のなかで運動の情報と方位の情報みたいなのが完全に別々に処理されている とすると、回りながら縦方向に見えていればいいのですが、実際今どう見えられた かというのがもうひとつよくわからないのですが。物理的に垂直で終わらせた時に 何か真ん中にがーっとハの字型に出ますよね。なんかサクラのようですが。(笑)見 えないと言うと怒られる。これらの常識みたいな話を言いますと、運動残効では、 ピュアな運動が見えているのですよ、という言い方がされているわけです。例えば 非常に偉いリチャードグレゴリー大先生が彼の有名な教科書で、「運動残効の何がす ごいかというと、動いて見えるがそのときの形は変わらない。動きながら位置が変 わらない。純粋な動きが見えている。これは非常に重要なことで、脳のなかで動き の情報と位置の情報がばらばらに処理されていることの重要な意味だ」。これは正し いのです。ここは正しいのですが、全然影響されないのかというと、先程見たよう に多少の影響があるわけです。そこのところをちょっと考えましょうということで す。  ケン・ナカヤマ大先生もレビューで全然無批判的にこのことを引いていて、これ は非常に重要な論文でビジョンリサーチのバイオロジカルモーションとかいうレビ ューの論文で、これは、モーション研究は何かひとつの集大成になってしまったの で、ここにそう書いてあるから皆そう信じてしまったのです。でも実際やってみる とそんなことはないというのを最近、皆そういうことを言っているわけです。  だから、運動残効は位置変換を誘導すると。これだけだったら何もおもしろくな いので一体それはどういうふうな特性をもっているのかということから、逆に運動 の情報が形なり位置の情報に対してどういうふうな影響を与えているのかというこ とを考えてあげましょうという話です。 (質問) 運動残効のやつをエッジをはっきり出すとどうなるのですか?  (回答) 大丈夫。さっきワーッとやったやつ見たあとで、ミーッと形がゆがむで はないですか。普通の運動残効見せれば。だからそういう意味で言えば、かなり何 を出しても例えばよくある例は、渦巻きか何かに順応したあと人の顔見たら人の顔 がグニャーッと揺れるようなやつがあって、それは、下條信輔という人がいますけ れど、彼がテレビ局につくらせたとかと言ったのですが、もとはリチャード・ヘル ドがつくったのかな。下條さんはそう言っていたのですけれど。みんな昔から実は 顔がゆがむとかというのは知っていたのです。でもそれがグレゴリーの言説と矛盾 しているということに対して人はあまり何も言わなかったのですが、なぜかは私よ くわからないのですけれど。それでネイチャーに載るからありがたいという、単純 なのですが。  今回は実験結果だけではなくて、サイコフジストがだいたいどういうふうにマニ アックにデータをとるのかという、その辺のところをちょっと見ていただきたくて、 実験の方法みたいなところをちょっと出したいのです。実際には、真ん中を見たま まぐるぐるぐるっと回っています。止めます。このときにテスト刺激がぐーっと曲 がります。そのときに比較刺激を右側に出して、それがこれと平行になるように披 験者に聞きます。平行に合わせてくださいというのではなくて、この場合はどちら かにゆがんでいましたかと聞くわけです。すると例えば右に、こちらにゆがんでい ましたということがわかるわけです。そうするとまた次はだーっと順応したあとで ぽっと右側だけ見るわけです。すると、やはりこちらかな、ハだとかですね。こん なことを延々40分くらいやっているのです。その間、被験者は眼を動かしてはい けないわけです。ここをじーっと見たままボタンを押しては右だ左だ右だ左だと。 これの手続きでは、基本的には被験者はこの場合はこれとかフクソウ(?)という、 方位差だけを判断しているということになります。  この場合は両方出して、両方のやつがちょうど縦で垂直になるように合わせてや るという手続きです。これがあんまり時間がかかるのでこちらは調整法で、調整法 というのは手抜きのときによくやるやつですが、ぐるーっと回ったあとに止まって います。これがゆがんできたなと思うと右のやつを方位をちらちらっと変えて。そ うです。忘れていました。こちら違いましたね。この実験ではこの刺激が垂直に見 えるように合わせます。こちらを変えます。こちらは既に垂直です。なぜこれが重 要かというと先程のデビット・ヒューイの話ではないですが、被験者はこれがどの 方向かわからないわけです。被験者は実験している間、これが物理的にゆがんで見 えているのだけれど物理的にそれがどの方向に出るかわからない。ここは既に垂直 が出ています。これと平行にしなさいと言っているだけなので、披験者としてはも しこちらを変えると、私自分でi?)に使えない。こちらの実験ではこちらから回し ています。結果はあまり変わりません。  実際の実験ではこのあと順応しまして、そのあとテスト刺激が止まった瞬間ポー ンと出るわけです。そのときの傾きがどうなっているのかということを、このテス ト刺激が出てから何秒後の位置がどうなっていますかとか、どれくらいの時間で位 置が変化しているか。要は、回っているかなということが知りたいのです。方位が ぐるっと回っているかなと。  結果を言いますと、実際回っています。0というのはテスト刺激が出た瞬間です。 出た瞬間にプローブというかこの刺激を出して、そのときの傾きはもう既にこれく らい傾いています。これは絶対にここから始まります。0から始まります。もう既 に位置からずれているのですが、時間とともにだんだん傾きが大きくなってきます。 でもここは1度なのです。たった1度ですからこれはすごい精度の実験をやってい るのですが、本当にちょっとずつだけなのですがゆがんでいます。  もうひとつ、これ3つパラメーターがあります。これは何かというとここの時間 です。ここの時間は関係ないのです。だから順応が終わった瞬間ではなくて、テス ト刺激が始まった瞬間からすべてが始まるということです。ですから単純に順応が 終わったあとに空間がゆがんでいるわけではないのですね。テスト刺激が出た瞬間 から空間がゆがみ出します。空間のゆがみ方が時間とともにどんどんゆがんでいっ ているのだけれど、重要なことはここの傾きがあります。だからこの傾きから皆さ んは、これはどれくらい知覚的に方位が傾いていっているか、回っているかという こと、速度が推定できるわけです。 その速度を例えば、実際に被験者に次に、運動残効が起こっているときにどれくら いの速度で回っていますかと聞くわけですね。例えばこれを左側に同じ速度で回っ ている刺激を出して、これとこれを同じ速度で回っているように合わせてください というように聞くわけです。理想的にはというか非常に単純なアイソコリックな発 想でいけば、傾きが回っているのと回っている速度というのは、合理的な発想でい けば一致するはずなわけです。でも実際には、これが見えている速度なわけです。 これは傾きなのです。ですから、これは実は10%切っているのです。だから見え ている速度よりはるかに遅い速度でしか傾きは出ていないわけです。ですから、こ こでは非常にロジカルなと言いますか、脳の中で我々の知覚というのは決してつじ つまが合っていないのだということがおわかりいただけると思います。そういう意 味ではグレゴリーは正しいわけです。 もうひとつは先程、傾きは増えていったのですが、その間に運動残効自体は減って いるのです。もちろん運動残効というのは例えば1分出せばほとんど0になってし まうわけです。ですから、運動残効自体は決して上がらないのです。ただ傾き自体 はどんどん上がっていくわけです。ですから何か知らないけれども、運動信号を積 分するような機能がないと、この運動信号自体は弱まっていくのに傾き自体は増え ていくというのが説明できないわけです。この話はまたあとでします。 今度は長い時間スケールでどうなるかということを調べたわけですが、長い時間ス ケールでテスト刺激をどーっと出してから傾きがどのように時間的に変化していく かということを調べました。そのときには、先程私は時間とともに増えていくと言 いましたが、実はそれは10秒もすればだんだん下がるペースにあるのです。そん なに無限に大きくなってはいかないのです。でも、実際おもしろいことに、被験者 ひとり、まだ問題あるのですが、二人の被験者のほうで、時定数が非常に長いので す。例えば2分くらいの間たっても傾きは残っているのです。ずっと残ったままな のです。でも運動残効は消えているのです。動かないのだが、傾きだけは何となく 残っているのです。 何で残るのだろうと考えると、動いていたのだから、動かされたのだからその履歴 が残っているのだろうと。だからリフレッシュしてしまえばいいと。途中で刺激を ばんばんばんばん切り替えてやればその履歴効果みたいなのがなくなるかなと思っ てやったのがこの実験なのです。このうち皆、途中でテスト刺激を、方向をパンパ ンパンパンと切り替えてやるのです。すごくゆっくりのペースですが。そうすると 運動残効と同じ時定数で傾きは消えます。これがすごく簡単な、こんなものモデル というと怒られるのですが。すごく簡単に、運動信号がありますと。この運動信号 を脳は積分したいわけです。でもそこにはもうひとつ矛盾する信号があります。何 かと言うと、方位自体はバーティカルだという情報がパターンの情報として常にあ るわけです。ですからこれはある種矛盾する二つの情報をいかに統合するかという 話になっているわけです。 運動情報は当然積分していくわけです。運動情報は積分して位置なり傾きの情報に 変換すると。位置の情報はそのままダイレクトに来て、入力と入力のパターンの、 こちらは多分積分しているだけ、ここは運動情報を積分しているだけ。こちらは現 在のパターン情報との間の差分をできるだけ小さくしましょうというだけの単純な モデルで、時定数がこちらのほうは当然積分していますから、これは運動信号、運 動残効そのものです。運動残効はこの辺で終わるのだが、積分していく部分、これ はしばらく残っていくと。でも途中で切り替えてしまうと、この内部の更新規則、 初期条件がどんどん入れ代わって、脳内表現が全部書き換えられるから、その場合 にはこの運動信号だけで決まってくるのは時定数で終わってしまうと。すごく単純 な話です。 ですから、これは問題としては、先程私はつじつまが合っていないと言いましたが、 脳は必死になってつじつまを合わせようとしているわけです。だから方位のパター ンの情報と運動の情報を、現存ある情報から一番正しかろうと推定した結果ではな いかというのが我々の考え方です。 これをサポートするように、ちょっとこれは恐ろしく複雑な実験なのですが、位置 がずれるのは結局運動信号のせいだと考えると、運動残効が起こっているときにそ の運動残効を消し去るように反対側に刺激を回してやると。そうすると知覚的には 止まって見える。知覚的に止まって見えるときに、それが傾いて見えるか、位置が ずれて見えるかということです。だから先程のでいくと、脳内の運動信号をキャン セルしてやれば位置ずれはなくなるはずなのです。ここのデータ、ここの交点が一 致しているのは実はそのことを意味しているのですが、知覚的に運動をキャンセル すると位置ずれもなくなると。方位ずれもなくなるという話です。 (質問) 先程、途中でパターンを更新した実験なのですが、例えばこれは横を向 いたのを見せるわけですか? (回答) はい。 (質問) それが回ったり傾いたり見えるのですか? (回答) はい。 (質問) では、ということは元のパターンと完全マッチしなくてもそこが初期値 になって、さらにそこに回転情報だけが残っていて、そこのパターンに対してアプ ライするということですか? (回答) だと思います。それは実際の実験では横の時の判断はとっていないので す。縦に戻したときだけ判断するというふうにやっているのですが、実際知覚的に はそれもずれて、位相が違う、位相が変わってしまっている情報ですから。ですか らもちろん90度回転しているという情報を今おっしゃられたように保持するとい うことが可能なわけですね。このモデルで過去の履歴を全部捨てなくても、今ある 今までのにしておくと、次の瞬間のディファレンスを突っ込んでやればそのままず っと維持してもいいのだけれど、我々の直感というのは1人いやな被験者がさっき いたわけです。もたない被験者がいたわけです。だから落ち着いて見ていられない というか、じーっと運動を維持できないのでしょうと。だから無理やり外部的な動 乱を与えてそれを壊してしまおうと思ったらうまくいったという結果なのです。そ れをアプリオリにあの状態にすフはほとんどないのです、実際サイコフィジックスで も。おそらく私はこれが最初の証拠ではないかと思っているのです。そういうのが あると何がよいかというと、パターン系自体は遅い、そんなに速くないのです。人 間が物を見るときのパターンのシステムの動き方自体はそんなに速くないのに。運 動システムは速いのだけれども。脳の中でつながって非常に速く変化していつつも パターン細かくても見えているという、こういう両方の機能を果たすためにはパタ ーンのシステムはちょっとずつしか入力が時間的に間欠的に入ってこなくても、間 を運動信号で埋めてやるとか補完してやるとかということをしてやればうまくやっ ていけると思うのです。そういう意味でやはりメモリーバッファみたいなのが必要 なわけで、何かそういうイメージで。それを壊すのにはパターンを変えてやれば。 眼を動かしたらそんな情報は使えない、むしろ捨てたほうがいいわけです。眼を動 かしたときに過去の情報を使おうと思うと、それはむしろ推定のほうが危うくなる から、そこはやり直したほうがいい。でも1秒間は大丈夫とか500ミリセックは 大丈夫とか、そういうこぁwgぁw_と思うのです。 (質問) そこの回転パターンではなくて全然関係ないパターンをばっと出して、 それは回って見えるかというのと、そのあとにまた戻したときはどうなるかという のは? (回答) やっていませんけど、おそらくそれでも消えるだろうというか、元に戻 るというふうに思います。  これはものすごく単純な話ですが、運動情報を使って時間積分をして未来を予測 しているということなのですが、これはおざなり(?)くさい話なのですが、でも そうですよね。運動残効で回って見えて、ゆがんで見えているのですが、それはど うも必死になって次の瞬間何が見えるか予想しているのですよね。それは動いて見 るからずれているというのでなく、動きというのはあくまで次の微分値ですから、 次の瞬間何が起こるか予測できるからそれを使って脳は何が起こるかを見てしまっ ていると。でも、実際は運動残効だからダマシでずれているわけはないということ ですから、それは先程の質問に対して答えているように、脳はそういうふうに運動 情報を使って、おそらく今のパターン情報はある程度先読みをしてうまくつないで いるのだと思うのですね。それがあるからスムーズに世界がつながって見えている というのが私たちの考え方です。  これでアウトラインドで1時間15分でいけというのを1時間10分で終わった ので。順応現象は何かという話をしまして、順応現象というのはいろいろ見せまし たが、基本的には、適応システムとしての順応という話と、それからもうひとつ道 具としての順応という話をいろいろして、運動残効とかいろいろな3種類くらい残 効を出しましたが、その3種類の残効をいろいろ組み合わせると、モーション・シ ステムの構造というのがいろいろ明らかになってくるという話。それから最後は運 動残効によって位置がずれるということで、それで未来を予測していると。ほら話 みたいな話をして終わったわけです。はい、以上です。                                       (了)