会長メッセージ「ノーベル賞に繋がる神経回路研究の発展を祝って」を掲載しました
2024.10.22

ノーベル賞につながる神経回路研究の発展を祝って
日本神経回路学会
会長 銅谷賢治

  2024年のノーベル賞は、物理学賞に連想記憶のジョン・ホップフィールド博士と深層学習のジェフ・ヒントン博士、化学賞にアルファフォールドのデミス・ハサビス博士、ジョン・ジャンパー博士という、いずれも神経回路の理論と応用で功績をあげた研究者に贈られました。これは近年の神経回路技術の飛躍的発展が、画像や音声認識に始まり囲碁や自然言語応答でも人を越えるような性能をもたらしただけでなく、物理や化学を含む科学のあらゆる分野で神経回路の応用が革新的な成果をもたらしていることを反映するものでしょう。

  神経回路の理論と応用の重要性がノーベル賞によって認知されたことは、その研究を推進してきた日本神経回路学会にとっても祝福すべきニュースであり、その研究コミュニティーを大いに力づけるものです。またそこで忘れてならないのは、神経回路研究の基礎を築くにあたり日本の先駆的な研究者たちが果たしてきた役割です。

  実際ノーベル物理学賞の説明資料[1]では、再帰結合を持つ神経回路による連想記憶モデルを提案された中野馨先生[2]、多層構造の神経回路の学習手法を導出された甘利俊一先生[3]、畳込み構造の神経回路による視覚パターン認識の有用性を実証された福島邦彦先生[4]の1970年代から80年代初頭にかけての論文が、今回の授賞につながる先駆的な研究として紹介されています。これらの先生方も受賞すべきではなかったかという声も各所から聞こえてきますが、日本神経回路学会の設立にもご尽力された先輩方の貢献が世界的に認知されたことは、学会の現在を担う我々にとっても大きな励みとなるものです。

  今回のノーベル賞について、甘利俊一先生からは以下のようなメッセージをいただきました。「本年のノーベル賞が、神経回路網を用いたAI関係の学術に贈られたことは、驚きであると同時に大変に喜ばしい。この受賞は主に1980年代以降の業績に焦点を当てたと述べられている。1960,70年代、欧米は神経回路網理論研究の冬の時代と言われ、研究は先細っていた。しかしもともと研究資金に乏しかった日本で研究は盛り上がった。この時代、日本は神経回路網研究の一流国であった。私は1967年に多層神経回路網の確率的勾配降下法を提唱し、1972年には連想記憶モデルを提唱した。福島さんも1978年頃にネオコグニトロンを提唱している。これらは今のAI研究の源流として存在している。しかしAIのその後の発展に日本が後れを取ったことも事実である。AIと脳の研究はこれからも付かず離れず、相携えて進むであろう。日本でもこのような研究は進行中で、日本の研究が世界を主導することを期待したい。」

  また福島邦彦先生からは「生物の脳に学ぶことの重要性にさらに多くの研究者が注目し、画期的な新しい研究を生み出し,発展させていってほしい。」とコメントをいただいております。

  今年のノーベル賞のもう一つの喜ばしい驚きは、核兵器廃絶を粘り強く訴え続けてきた日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受けたことです。今日、地球温暖化による環境破壊が目に見える問題となり、AI技術の進化が新たな形の戦争やテロリズム、専制社会を助長するという危機にあります。神経回路研究は、エネルギー効率化や新素材の開発などで持続可能な社会に貢献し得るとともに、脳と心のメカニズムの数理的な理解により人類が自然とともに共生していくための指針を与える可能性を持つものです。我々の先達が1970年代に神経回路の研究を始めた頃には、それが今日のように誰もが毎日使うものになるとは想像されていなかったかもしれません。日本神経回路学会も数十年後のノーベル賞につながるような先進的な研究を生み出し地道にサポートしていきたいと考えています。

<参考文献>

[1] The Nobel Committee for Physics (2024). Scientific background to the Nobel Prize in Physics 2024 “For foundational discoveries and inventions that enable machine learning with artificial neural networks.” https://www.nobelprize.org/uploads/2024/09/advanced-physicsprize2024.pdf

[2] Nakano K (1972). Associatron – A model of associative memory. IEEE Transactions on Systems, Man, and Cybernetics, SMC-2, 380-388. https://doi.org/10.1109/tsmc.1972.4309133

[3] Amari SI (1972). Learning Patterns and Pattern Sequences by Self-Organizing Nets of Threshold Elements. IEEE Transactions on Computers, C-21, 1197-1206. https://doi.org/10.1109/t-c.1972.223477

[4] Fukushima K (1980). Neocognitron: A self-organizing neural network model for a mechanism of pattern recognition unaffected by shift in position. Biological Cybernetics, 36, 193-202. https://doi.org/10.1007/BF00344251

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