会長挨拶
会長就任あいさつ
会長 五味 裕章
(日本電信電話)
この度、日本神経回路学会の会長を拝命いただき、自身の歩んできた研究を見つめ直し、本学会や社会に対して何をどう貢献すればよいか思いを巡らせる機会に恵まれました。日本神経回路学会が創立された1989年は、私が本格的に計算論的神経科学の研究に入っていった年でもありました。当時はニューラルネットワークがトレンドで、知的処理や適応制御に興味があった私も、その1年前から河原英紀先生のもとでニューラルネットワークをわくわくしながら勉強し、川人光男先生のもとで脳の運動学習のモデルに利用する形で研究していたことを懐かしく思い出します。それから早いもので33年になりますが、その間に一度下火になったニューラルネットワークのトレンドが、近年再び勢いづいていて、本学会論文誌であるNeural Networksも現在はインパクトの高い論文誌となっています[1]。90年代にトレンドが去っても機械学習の理論的研究は世界中で進められ、さらに計算機の性能も飛躍的に上がり、大量の学習データから機械学習を用いて視覚的特徴を自動的に抽出することができるようになり、強化学習によってコンピュータゲームや囲碁のチャンピョンに勝利する人工知能が出てきて、一気に流れを加速させました。現在の人工知能の中心技術はまさに機械学習であり神経回路モデルになっています。そして、この世界的トレンドを呼び起こした深層学習の根本には、本学会の創立発起人である甘利俊一先生の確率的勾配降下法(バックプロパゲーション)や福島邦彦先生のネオコグニトロンなどの研究があることは[2]、ご存じの方も多いことと思います。そして、そのトレンドの満ち引きから教えられるのは、研究者はあきらめずに自分の興味あること、本当に重要だと思うことを、信念を貫いてやることの大切さです。
ところで、本学会 は、狭い意味での神経回路のモデルや機械学習だけを対象としているわけではありません。感覚や運動など身体や外界とのインタラクションを司る情報処理や、知覚、感情、意識、論理思考、などすべての脳神経情報処理が関係する複雑なシステムを対象として、その原理やメカニズムを理解したり、スキームを考案したり、様々な応用に役立てる枠組みを作ったりする幅広い研究者が集う学際的な学会です。関連する学問としては、神経科学、生理学、心理学、生物学、数学、情報学、電気電子工学、機械工学、物理学などがあり、本学会会員はこれらいずれかの分野での専門も持たれていることが多いかと思います。これだけ多彩な専門家が本学会に所属しているのは、脳神経系が多面的で深い魅力を持ち、様々なアナロジーを導入して考えるのが面白いからにほかなりません。このようにヘテロな集団での様々な視点での議論をもとに、新しいアイデアが生まれて研究が加速されていくよう、私は学会長として積極的に学会の場を提供していきたいと考えています。
さて、この1年間は未曾有のコロナ禍のために、大学や研究所の方も大変ご苦労されたのではないかと思います。研究室に行くことすらも許されない時期があったり、実験が従来のようにできなかったり、授業や研究ミーティングを全てオンライン化しなければならなかったりと、多くの問題に直面し、その対応に追われた方も少なくないと思います。また、多くの学会が中止あるいはネット開催となりました。昨年の日本神経回路学会全国大会も、延期だけでは対応できず、ネット開催となり、従来の対面スタイルでの発表・議論の場とは異なったものになってしまいました。ネット会議システムも急速に発展してきましたが、今一つ相手の反応がよくわかりません。ただし、考え方次第ではネガティブな面ばかりでもなく、ネット会議だと移動の時間や手間が節約できるので、無駄が省けたり、気軽に参加できたり、録画形式であれば興味ある発表が何度も聞けたり、というメリットもあります。実際に昨年私も、銅谷賢治先生率いる新学術チームがネット開催したArtificial Intelligence and Brain Science国際シンポジウム[3]では、自身の専門とは異なる海外の著名な研究者の発表録画を事前に何度も見て勉強することができ、ディスカッションセッションの進行や自身の研究に大いに役に立ちました。最近ようやくコロナ禍の状況改善の兆しも見えてきましたが、しばらくは感染防止対策に神経を使っていかないといけない状況は続きそうで、今年の全国大会も現地開催は難しいことが予想されます。しかし、ネット開催であったとしても、皆さんの発表や聴講・議論を楽しんでいただけるよう実行委員会・理事会で計画を練っていきたいと考えています。また、日本神経回路学会の主催・共催イベント、学会運営においても、良いところは継続しながらも積極的に新しい考え方や方法を導入して、学生、研究者の方々に魅力ある学会になるよう、運営を行っていきたいと思います。会員や理事の皆様とともに、ピンチをチャンスに変えていけるよう、またワクワクして研究を発展していけるよう、頭をリフレッシュして前進していきましょう。
[1] https://www.journals.elsevier.com/neural-networks
[2] https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jnns/16/2/_contents/-char/ja
[3] http://www.brain-ai.jp/jp/symposium2020/
2021年3月